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電車の男



怖い話「電車の男」






あれは、去年の夏のことだった。
私は、仕事が終わり、いつもの通り電車に乗り込んだのだ。


その日は、仕事がなかなか終わらず、残業に残業をかさねた挙句、終電だった。
駅の中は人もまばらで、そのまばらな人たちが皆、私とは反対方向の電車に乗り込んだ。
いつものことだ。
私は、ベンチがあいたので、そこで電車を待つことにした。
ベンチは3つ席があって、ひとつあけて、もう一人、男が座っている。
40代後半といったところだろうか、頭に白髪が混じっている。

男は、疲れて寝ているのか、うつむいている。私は、特に気にかけなかった。

ホームを見渡すと、ほかには誰もいない。どうやら、ワンマン列車のようだ。私は気をよくした。

やがて、電車が来て、私は乗り込んだ。一番前の車両だ。
男も、電車が来たことに気がついて、ぱっと顔を上げると乗り込んだ。
終電ということもあり、車両の中は私とその男だけだった。前の窓からは、車掌が運転しているのが見える。

私は、男が、またすぐに寝始めるだろうと思ったが、どうしたわけか、空いている席にも座らず、じっと扉の前の窓のそばで、張り付くようにして立っている。
私は、変なやつだな・・・と思ったが、酒にでも酔って気持ち悪くでもなったのだろうと、さして気にせず席に座った。到着駅まではまだ8駅もある。私はすぐさま眠り込んだ。


どれくらい経ったろうか。電車が止まり、ふと目を覚ますと、ぼんやりした頭で車内を見渡した。
もし乗り過ごしたりしたらとんでもないことだ。
私はホームを確認した。大丈夫、まだ三駅目だ。

と、男が目に入った。
なんと、まだ立っている。
私は少し気になって、男の様子を観察した。会社勤めでもないらしく、私服で、服もなんとなくみすぼらしい。出かけてたんだろうか。

その時、男が手に何かを持っているのを見つけた。ノートのようだ。
男は、そのノートになにやら書き込んでいる。

メモでも取ってるんだろうと思ったが、すぐに、それは間違いだとわかった。男は、なぜだかわからないが、ことあるごとに電車の外に目をやっているからだ。

(窓の外の景色を描いてるのか?)

だが、それもおかしな話だ。電車はものすごい速さで走ってるし、おまけに外は真っ暗だ。
とすると、どうして・・・・・・。



その時、ふと、窓越しに男と目があったような気がした。
私はギョッとして男を見たが、男はすぐにノートに視線を移し、書きなぐっている。

(気のせいか?)
私は、しばらく窓のほうへ視線を向け続けることにした。男がもしこちらを見たら、すぐにわかるはずだ。それに、こちらを見てるだなんて、気のせいだ・・・・・・。

だが、もし気のせいでなかったら? なぜこっちを見てるんだ?
体から嫌な汗が出てきて、ひざが震えていたが、私は、窓から目をはなせなかった。
わずかな時間のはずなのに、とてつもなく長く感じた。

男の手が止まった。そして、男は、窓の方へ顔を向けた。

男の視線が、こちらへ向いた。私は思わず、息をのんだ。
間違いない、こちらを見ている!


ところが、男は私の視線に気づかなかったのか、それとも気づかないフリをしたのか、
すぐにまたノートに向かって書き始めた。

だが、私は確信した。間違いなく、あの男は、私を描いているのだ!

でも、どうして描いているんだろうか? 
電車の中で、窓越しに絵を描くなんて、そんなことをするやつは今まで見たことがない。
それだったら、窓越しにならず、こちらを見て書けばいいではないか?

そう考えて、すぐに気づいた。
(そんなことをすればすぐに気づかれて逃げられるし、下手をすれば警察沙汰だ。
でも、窓越しなら気づかれにくい。それに、夜じゃないと窓は反射しない・・・。
変な趣味で、こういうことをしてるんだろう)

そう考えると、わたしは合点がいって、変な恐怖感がするすると解けていくを感じた。
でも、変なやつには間違いなく、このまま描かれるのは気持ちが悪い。
私は、すぐにでも席をはなれたかった。だが、少し気になることがあった。
さっき、男がこちらを見た時、なにか違和感があったのだ。


私は、寝たふりをして胸の前でうでをくむと、窓を見ていた。
すると、やがてまた男と目があった。やはりこちらを見ている。
男は、寝たのに安心したのか、さっきよりじっとこちらを見ていた。
私は居心地の悪さを感じたものの、がまんしていた。

と、先ほどの違和感の原因に、ハッと気がついた。
男は、ずっと私の方を見てはいるが、どうも、視線は私の頭より少し上にあるのだ。
頭の上といえば、ただ窓があるだけだ。どうしてそんなところを見てるんだろう。
窓なんか、それこそ、描くようなものじゃない。

私は、気になって何度も男を盗み見たが、男はやっぱり、窓から視線を動かさない。

そうこうするうちに電車が速度を緩め、四駅目についた。
扉が開き、それと同時に、男は書くのをやめた。

「電車行き違いのため、3分ほど停車します」

車内アナウンスが流れた。私は、居心地の悪さを感じた。
と、男が、ホームに降りた。何か、飲み物でも買うらしい。

私は、何だか気になった。そういえば、さっきから喉が渇く。飲み物でも買おう。

私は、つられるように立ち上がると、ホームに降りた。

すぐに男を探すと、思った通り、自販機の前にいた。
男は、自販機の前で、じっとしている。何を買うか、迷っているんだろうか。

と、男は、さっきのカバンからノートを取り出した。
そして、そのノートに、熱心にまたなにか描いていた。

(何を描いてるんだろうか?)

私は、猛烈に好奇心を掻き立てられ、音を立てないよう、こっそり近づいて行った。
男は全然気づかない。

心臓がはげしくうった。男はまったく気づかない。
そればかりか、ペンを走らせるその眼は、狂気じみていた。

私は、怖いのを我慢して、男の肩越しに回り込んだ。大丈夫、男は書くのに夢中だ。
私は、そのままそろそろと近づいて行った。そして、つま先をたて、
そっとノートをのぞきこんだ。











「見たな」







急に、男が手をピタリと手を止めて言った。


(気づかれた!!)

私は今にも心臓が破裂しそうになって、後ずさりした。
何か言わなければ・・・!


「い・・・いえいえ!なにも見ていません!」


男は、まだじっと動かない。私は、とてつもない恐怖を感じていた。

ふと、ノートがパタンと閉じられた。そして、男は振り返った。真顔だった。
男は、怪しむように私を見た。時間が止まったかのようだった。




「そうですか」


男は、今までの真顔が嘘のように、唇をキュッとあげて、急に笑顔を作った。
だが、その作り笑顔はまるで能面の笑いのようで、私はぞっとした。


男はそれだけ言い残すと、また電車の中に戻っていった。



私はホッとして、今まで止めていた息をはいて、それから荒く呼吸した。
私が言ったことは嘘ではなかった。あと一歩というところで、見えなかったのだ。

(どうしようか。もう戻らなきゃならんが・・・。)

私は、じっとそこに立っていた。今戻るのは恐ろしかった。
気まずいどころの話ではない。
でも、電車に戻らないわけにはいかない。なにしろ、終電なのだ。


私は、迷った挙句、電車が出る間際になって、二つ後ろの車両に乗り込むことにした。
ここなら、あの男と鉢合わせせずに済むだろう。

そうたかをくくって移動すると、車両の中をのぞきこんだが、案の定だれもいなかった。

「発車します」

律儀にも、駅員がピィーッと笛を鳴らした。私は慌てて乗り込んだ。


車両の中は静かだった。そりゃそうだ。
この電車の中には、私とあの男しか乗っていないのだから・・・・・・。


私は、できるだけ真ん中に座って、ちらちらと前の車両に目をやった。
大丈夫、こちらへ来るような気配はない。

私は、考えを整理することにした。

あの男は絵を描いていた。それは、疑いようはない。
だが、私の絵ではなく、視線は他へいっていた・・・・・。
一体、何を描いていたのだろうか? それがわからない。
そして、今あの男は前の車両にいる。もう絵を見ることはできないだろう・・・。
あの男はまだ描いているだろうか?


そう思うと、どうしても気になってきた。もちろん、絵は見ることはできないだろう。
でも、まだ描いているのかどうかだけでも確かめてみたい・・・・・。
私は、ゆっくりと、前の車両のすぐそばまでくると、
連結器のドアの窓から、一両前の車両をうかがった。大丈夫、ここにはあの男はいない。
だが、当然、ここからは、もう一両先は見えない。


私は、おそるおそるドアを開けて、前の車両へと移った。
相変わらず、静かだ。

私は、またゆっくりと歩き出した。何度か引き戻そうかと思ったが、どうしても気になってしまうのだ。
(大丈夫、連結器の窓越しに、あの男がいるか、まだ描いているのかだけ、確認するだけだ)


私は、そう思って、また車両の前の方へと歩いて行った。

連結器の前まで来ると、汗はびっしょりだった。あの、ただならぬ男に気づかれてはならない。
そう思うと、おそろしくてたまらなかった。

だが、私は、そっと窓に顔を近づけた。




・・・・・・いない。
どこにも、いない・・・!


目を疑った。いるはずの男が、どこにもいないのだ。
どうしていないんだ!?


私は、恐怖に駆られて、猛烈に頭を動かした。

(さっき私と男がいたのは、一番前の車両だ。だから、これより前には車両はない。考えられるのは、あの男が、さっきのひと悶着の後、気づかない内にまた駅へ降りたか、それとも、私がぼんやりしているうちに、電車の中を歩いて、もっと後ろの車両へ移動したかだ・・・・・。)

どちらもあり得るにはありえたが、後者の方が可能性は大きかった。
なにしろ、私は男が電車の中へ入るのを見た後、ぎりぎりになって電車の中に飛び込んだのだし、もしあの男がまた駅へ降りるというのなら、さすがに気がつかないはずはなかった。
それに、また入ってまた降りるなんて、普通じゃあり得ない。



とすると、男は、後ろの車両にいたのだ・・・・・!!



私は、わけもなく恐怖に駆られ、もう一度前の車両の中に男がいないのを確認すると、
後ろをふりかえってから、すぐに一番前の車両へ移動した。

なんとも、気味が悪かった。


車両の中には、やはり誰もいなかった。私は、急いで前へと移動した。


と、その時、私は床にノートが落ちているのを見つけて、ギョッとした。
これは、さっきまで、あの男が手にしていたノートではないか?
どうしてここにあるんだ?


私は、不気味さと好奇心とで、心臓が、これ以上ないほど高鳴り始めた。
見るなら今だ。まだ、あの男がこちらへくる気配はない。



私は、さっとノートを拾いあげると、服の中にしまった。
そして、きょろきょろとあたりをうかがった。誰もいない。


私は、席に座ると、後ろの車両に全神経を集中させつつも、そっとノートを開いていった。


ノートは、白紙が続いた。と、あるページで、見覚えのある男が描かれていた。

私だった。


だが、私は、そこに描かれていたあまりの恐ろしさに、息をのんだ。


私の座っていた後ろの窓の外に、白い服を着た女が立っていて、じっと私を見下ろしているのだ。



全身に鳥肌がたって、私は思わずノートを投げ捨てた。
男は、これを描いていたのだ・・・私に憑りついていた、女の霊を!!



私は、ふと、後ろが気になった。今座っているのは、ちょうどさっきと同じところだ・・・。





もしかして・・・・・。
もしかすると・・・・・・。


私は、思わずうつむいた。


顔が真っ青に引きつった。



今までノートで見えなかったが、もしかしたら、前の窓には、女が映っているのではないか!?

そして、今も私を見下ろしているのではないか?



私は、ガタガタ震える足をそのままに、じっと床を見ていた。


顔をあげてはならない。
もし、そんなことをすれば・・・・・・。







私は、ひたすら念仏を唱えた。何事も起こらない。














と、その時だった。すぐ上の方から、男の声が聞こえた。































「見たな」















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いかがだったでしょう。夏ということもあって、怖い話を書いてみました笑



全部、創作ですので、ご安心ください!!笑


たまにはこういうのもいいかな、と思って、書いてみましたが、
こわがりなんで、自分で書いててめちゃくちゃ怖かったです笑

想像力が、補っちゃうんですね、文章を笑


こわかった、こわくなかった、つまらなかった、おもしろかった、など
感想いただければ、とてもうれしいです!ψ(・ω・ψ)

なんか、さいきんこわいはなしをみて、眠れなくなる、ということが良くあります笑
でも、見ちゃうんだから不思議ですね。




ポッケちゃんは元気です笑




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音楽(ピアノ)まとめ
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タグ:怖い話 幽霊
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