ピアノと本のある生活
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ピアノと本のブログです! 読んだ本の感想や演奏したピアノ、時々文鳥や描いた絵などを載せていきます!(・ω・)フフフ・・・。 ↓【読者になる】はプロフィール上のこちらから!
ジョナサン
2023-08-05T00:00:00+09:00
ja
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ネタバレあり ジブリ映画『君たちはどう生きるか』 考察と感想
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『君たちはどう生きるか』を見てきました。ネタバレなしの感想としては「(いい意味で)やってくれたな、宮崎駿(さん)」というものでした。原作小説というか、企画の出発点になった吉野源三郎の小説は、映画化が決まった段階で読んでたんですが、小説も良いです。映画は、かなりの熱量がこもっていて、そこが良かったです。ジョーカー以来の映画感想になりますが、あれで終わってはいけない笑ただし、万人にお勧めできるのかといわれると、そこは疑問です。あくまで、自身の判断で見に行くか決めることをおすすめします。以下はネタバレありの感想になるので、注意です。ジブリ制作側が何の予備知識もなく見れる状況をあえて整えてくれています。そのため、ジブリが好きで観劇予定の方はなんの予備知識もなしに見に行かれることをお勧めします。現段階でのジブリ作品(関連)評価順です。ジブリ作品はほとんど見ています。ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)さて、ネタバレ注意君(+_+)も出しておいたので、ここからは本当にネタバレで書いていきます。一応もう一度。ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)はい、ここからは、見た方だけでお願いしますね。(*^-^*)いいですか、見た方だけですよね。まだ見てない方はいないですね?じゃあ、少しずつ話していきます。目次全体的な評価感動したポイント好きなシーン①宮崎駿の尽きない情熱について音楽について一言アニメーション(内容)について②高畑勲や鈴木敏夫や手塚治虫余談 引用元の話余談 全体的な内容についての考察③メタファーとファンタジーとインナーワールド④ファンタジーや創作物の存在意義とは?「君たちは」の物語の作りについて⑤生きている以上、誰もが誰もと関わっていてる。全体的な評価 まず、全体的な評価をしたいと思います。評価なんていうのはおこがましいですが、ひとまず大体の感想を伝えないことにはわかりにくいと思うので。巷では賛否分かれているみたいですが僕..
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ジョナサン
2023-08-05T00:00:00+09:00
ネタバレなしの感想としては
「(いい意味で)やってくれたな、宮崎駿(さん)」というものでした。
原作小説というか、企画の出発点になった吉野源三郎の小説は、映画化が決まった段階で読んでたんですが、小説も良いです。
映画は、かなりの熱量がこもっていて、そこが良かったです。
ジョーカー以来の映画感想になりますが、あれで終わってはいけない笑
ただし、万人にお勧めできるのかといわれると、そこは疑問です。
あくまで、自身の判断で見に行くか決めることをおすすめします。
以下はネタバレありの感想になるので、注意です。
ジブリ制作側が何の予備知識もなく見れる状況をあえて整えてくれています。
そのため、ジブリが好きで観劇予定の方はなんの予備知識もなしに見に行かれることをお勧めします。
現段階でのジブリ作品(関連)評価順です。
ジブリ作品はほとんど見ています。
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
さて、ネタバレ注意君(+_+)も出しておいたので、ここからは本当にネタバレで書いていきます。
一応もう一度。
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
はい、ここからは、見た方だけでお願いしますね。(*^-^*)
いいですか、見た方だけですよね。
まだ見てない方はいないですね?
じゃあ、少しずつ話していきます。
目次
全体的な評価
感動したポイント
好きなシーン
①宮崎駿の尽きない情熱について
音楽について一言
アニメーション(内容)について
②高畑勲や鈴木敏夫や手塚治虫
余談 引用元の話
余談 全体的な内容についての考察
③メタファーとファンタジーとインナーワールド
④ファンタジーや創作物の存在意義とは?
「君たちは」の物語の作りについて
⑤生きている以上、誰もが誰もと関わっていてる。
全体的な評価
まず、全体的な評価をしたいと思います。
評価なんていうのはおこがましいですが、ひとまず大体の感想を伝えないことには
わかりにくいと思うので。
巷では賛否分かれているみたいですが
僕は絶賛、星5評価でいうと星5の立場を取りたいと思います。
この作品は確かに色々わかりづらく、説明も少ないです。
それだけに、見ごたえがあり、解釈にも幅がある作品だと思います。
魔女の宅急便だとかカリオストロ、ラピュタ、ナウシカ、トトロのようなわかりやすいものではなく
(一部わかりづらいシーンや説明されないシーンもありますが)
ハウルのようなわかりづらさがあります。
(ちなみに僕はハウルは原作が好きなせいもあり、映画を観る前に本を読んだということもあってか、けして嫌いじゃないんですが、他の宮崎作品ほど高く評価していません。)
そして、そのわかりづらさは、宮崎駿自身について知ったり、宮崎作品を繰り返し見ること、また本作を繰り返し見ることによって緩和されるものだとは思いますが
究極的に理解できたり解決されることはない、と思います。
それは、他人に対してわからないことがあったり、理解できないことがあったり
他人どころか、自分に対してもわからないところがあるのと同じです。
このような難解さは昨今敬遠されがちですが、
そこにあえてふみこんでいった監督と本作はすばらしいものだと感じましたし、
わかりづらいから素晴らしいというのではなく
わかりづらいなりに、こころに訴えかけてくるものがあるというのが
すごいな、とおもいました。
理屈を超えてきているんですね。
いろんな見方ができると思いますが、ひとつ道筋を見つけるとすれば、やはりアニメーション創作についての話なのかな、と。
一番重要なのは、自分のお母さんをちゃんと出してきて
そのお母さんを書く!ということをやってくれたことです。
ラピュタやその他の作品でも、宮崎さんの母のモデルはたくさん出てきてると思いますが
完全に「母」として出てきた(それも二人に分けて)のは今作初だと思いますし
抱えていた思いに向き合って描いたのは、素晴らしいと思います。
風立ちぬが「父」寄りだったとすれば、今回は「母」寄りで、そういう意味も含めて
二つで1つの作品という印象があります。
個人的に本作は楽しめました。
ただ、万人におすすめできるかと言われると難しく
見て損はないと思いますが、子どもが手放しで楽しめるかというと
少し難しい気もします。
子どもは子どもで楽しめるシーンはあるとは思うんですが
つまらないと感じるであろうシーンも多々ありそうで
これはまあ大人にとってもそうなんですが、万人にオススメするのは難しいですね。
おそらく、面白がらせて、面白かったから素晴らしい、という視点を観客(友達)に排させる
というのがある気がするんですよね。
面白いかつまらないかだけで判断させない作りになっているから
ウェルメイドで最後盛り上げることはいくらでもできる宮崎駿が
今回はそういう手法からは脱却してみせた、ということなんじゃないかな……と。
そういうわけで、わかりにくいという感想もわかりますし、今作がつまらないという意見があっても、もっともだと思います。
自分で考えろという、ある種説教っぽい部分があるんですよね。
主人公が自分の頭で考え行動するようになるというのは、テーマに沿った話だなと思いました。
感動したポイント
①鬱屈とした気持ちを抱える主人公(宮崎駿)
②「君たちはどう生きるか」という「本」を偶然開く。
母親から託された本だった。主人公に影響を与える。
③本から影響を受け、主人公は世界との対峙の仕方を変化させる。
(逃げずに向き合おうとする、など)
④異世界において母親と出会う。
⑤変化した主人公が、本を読んだ姿勢のまま自分や他者、世界と向き合うことで
母親が現実に帰るきっかけになった。
⑥母親は主人公を生み
やがて火事で死んでしまうことを知るが
その運命を受け入れ現実に帰る。
⑦帰る時主人公は、母親は運命を受け入れたと知る。
⑧そして現実に帰った母親は
「君たちはどう生きるか」という本を主人公に託そうとしていた
(これはそもそも、本好きであった大叔父の影響が強かったようだ)
以下、①へループ
現実にもどれたおかげで、母親は息子を生み「君たちはどう生きるか」という本を託す。
「君たちはどう生きるか」をよんだおかげで、息子(主人公)に変化が起こる。
息子に変化が起きたことで、母親は現実に帰ろうという決心をする。
つまり、母親は「君たちはどう生きるか」という本を息子に託したことにより現実に戻れた。
息子は「君たちはどう生きるか」を読んだことで、母親を現実に返すきっかけをつくり
生まれることとなった。
ちょっとややこしいですが、つまり因果関係がつながっていて
お互いがお互いを助ける存在となっている、と思いました。
ここらへんの因果関係は、実はハウルでじっくり見せたかった(あるいはやったけどなかなか伝わりづらかった)部分なんじゃないかなと思います。
(ハウルがカルシファーを捕まえる。
心臓を与える代わりにカルシファーを使役するようになったハウル。
カルシファーのおかげで城を動かせる魔法使いになったハウル。ただし心臓はない。
ハウルが城を動かしたおかげで、ソフィーはハウルと出会う
ハウルと出会ったおかげでソフィーの呪いがとける
その結果、心臓をとりもどせるハウル。
ハウルが心臓を取り戻したと同時に、命を与えられ自由になったカルシファー
たしか本はこんな感じの因果だったかと……。映画ではもうひとひねりあったような…。)
まあそんな感じで本作の感想に戻ると、まだ本作の方がわかりやすいし、
現にヒミさん(お母さん)と主人公が出会い活動するのがいいですね。
そこらへんをあえて説明せずにわかりづらくしたことに価値や意味があったのか…と言われると
もう少しわかりやすいものにしてもよかった気がしますが
それだと説明台詞的なものを入れ込む必要も出てしまうでしょうし
簡単に理解させたくない……というような気持ちもあるような感じがします。
とはいえ何回か見たら、わからなかったところがわかるようになる、という部分は確実にあると思うし、それはある種のサービスなんじゃないかな、と思います。
何度も見て楽しむ人にとっては飽きにくいものになっていて
それは宮崎駿の「簡単には消費されないぞ」という意志でもあると思うし
「何度も見て楽しんで」というサービスでもあると思うんです。
大人で、一度見て「あー面白かった」で終わる人にとっては不向きというか
そういう風潮に対する挑戦的な姿勢を感じました。
好きなシーン
冒頭の走り(寝巻のままでいいんだよ)
コイのシーン
花火があがるシーン
てへぺろするインコ
おいしそうなパン
ありえない状態で積みあがっている積み木
千と千尋の最初のトンネルのような、キリコの絵のような通路を歩くシーン
最期ドアを開けて元の世界に戻るシーン
まあこのあたりでしょうか。
コイとカエルのシーンなど、序盤のサギのシーンはどれも圧巻。
てへペロするインコが、不気味でありながらチャーミングで、なんかすごくいい味出してました。
①宮崎駿の尽きない情熱
まず、宮崎駿の情熱を感じられたのがなにより大きかったかな、と思います。
風立ちぬで終わるかと思いきや、まだこれだけのものを作れるというのはすごい。
風立ちぬで、創作は終わりかな……という感じを出ていたのに
今回 いや、まだまだやるぞ、という感じがあった。
そこに驚かされました。
個人的に、宮崎映画というのは、高畑映画へのアンサーという部分があるんじゃないかと思います。
同時に、高畑映画は宮崎映画へのアンサーとなっている部分がある。
例えば、高畑さんがぽんぽこをかけば、おなじ舞台で耳をすませばを企画する。
もののけ姫の「生きろ」に対し、「適当」の山田君。
こういう感じで、お互いがお互いの作品に影響しあっている感じはありました。
その流れでいうと、かぐや姫の物語に対するアンサーとして
「君たちはどう生きるか」があるのかと思いました。
だけど、実はもう、かぐや姫のアンサーとして風立ちぬをやっていた。
風立ちぬがかぐや姫のアンサーとして成立していた。
じゃあ今回の君たちは、はかぐや姫のアンサーではないのかといわれるとそうでもなく、
つまりアンサーな部分はあると思います。
今回はかぐや姫のアンサーとしての風立ちぬをまた違う角度で描くとともに
「じゃあどういう作品を作るのか?
(作ったのか? それらの作品はどういう価値、意味をもったのか?)」に対する
一つの答えを出したと思います。
あたらしい表現というのが難しいのではないかなと思っていましたが、
冒頭あたりはかぐや姫の荒々しいタッチのアニメーション味がありましたし
(古くはクラック!にもみられるような)
そういう意味ですでにアンサーになっていましたね。
音楽についてひと言
音楽でも、久石譲さんでしたが、かぐや姫の時の月光をアレンジした音楽っぽい曲が多く
(姫が上京したてのシーン)
場面になじむような音楽の使われ方をしていましたね。
今までの宮崎作品のような、音楽で作品自体を表現するというより寄り添うような音楽の使われ方でかなり控えめな印象を受けました。
その分、アニメーションへの集中というのはありましたが……個人的には
もう少し、いままでらしさがあっても良かったのでは、という感じがします。
今までに比べほとんど印象に残っていないので……。
風立ちぬまでは、音楽、印象的でした。
でも、これもかぐや姫へのアンサーの一つな気がします。
アニメーション(内容)について
アニメーションについて話が戻りますが、
宮崎駿らしさはありつつ、今まであまり描いていなかった「鳥」というのが随所に出てきました。
宮崎駿といえば豚だったんですが、鳥になったことでだいぶ見え方は違ってましたね。
もちろんモチーフとして別というのもあるとは思うんですが
やはり飛べるというのが大きいですね。
飛べる、自由、解放、みたいな。
そこらへんは往来のメーヴェだったり飛行する乗り物だったりで
共通点はあると思うんですが、鳥を出してきたのは新鮮味がありました。
ところが、その飛べるはずのペリカンが捕らわれている。
抜け出せないというのは意味深でしたね。
結構残酷というか、暴力的だったり生々しい描写も時々存在してましたが、
そこらへんは宮崎駿の今までの感じがあったりしましたね。
内容の核心的な部分に触れていきますが、
今回は宮崎駿がかなり、自分の過去や内面をさらけ出していると感じました。
醜い部分も出す。
弱い自分も出す。
さらには潜在意識にまで理解を深め、そこも描く。
自分自身と向き合った話で、ある意味私小説的内容です。
紅の豚などはまだかっこつけている感じがありましたが、今回は特にさらけ出す。
風立ちぬと今回の君たちはで、とくにそれを感じました。
その流れでいうと、宮崎さんのお父さんの仕事の関係など、
心中複雑な葛藤をずっとかかえて生きてきた幼少~青年期の自己存在に対する理解の欲求や世界に対する関心、熱量が創作の意欲につながっているのかなという感じがします。
そして、この「自己」や「世界」というものに対して社会学的見地から
光明を与えてくれる本が「君たちはどう生きるか」でもあったと思います。
アニメーション技法だと、群衆、大群シーンが迫力出てましたね。
とはいえ、やはりポニョなどの方が、迫力はあったかなぁ……。
本作は、アニメの動きよりも、内容重視の感じはしましたね。
②高畑勲や鈴木敏夫や手塚治虫
うーん、難しいんですが、彼らが宮崎駿に影響を与えていたというのはあると思うんですね。
とくに今回のサギ男ですが、やはり手塚作品に出てくるお茶の水博士(猿田彦)を連想しました。
手塚先生自身も鼻にコンプレックスがあったのか、自画像は鼻を大きく書いています。
つまり、猿田彦=お茶の水博士=手塚先生の分身、ということがいえると思うんですよね。
宮崎さんにとって手塚さんの存在はかなり大きかったもののはずで、
師であると同時に敵視した存在だとも思うんですが、結局今回徐々にお互いの存在を認め
和解し友達になった、ということなのでは、というような印象です。
これは本当に個人の解釈なので、
手塚さんそのものかといわれると、実は鈴木さんっぽくもあり
ちがうかもしれないし、そうかもしれないし……。
あくまで、映画の考察&感想(印象)なので
みなさんそれぞれの感想を大事にされて
それぞれの解釈で捉えていただいた方がいいと思います。
ここに書いてあることはすべて、個人の気軽な感想として受け取ってもらえると幸いです。笑
大オジ様は高畑勲という感じがしましたが、やっぱり宮崎駿の分身でもあると思うんですよね。
余談 引用元の話
今回は、引用というのがふんだんにある感じがしましたね。
感じた部分を思い出せる範囲で……。
まず宮崎作品自身からの引用はあまりに多くあると思うので
そこは省いた感じで見ていきたいと思います。
マグリッドやキリコの絵
死の家
絵画的部分ですね。
糸杉はゴッホにも通じているんでしょうか。
風立ちぬでも、絵画の引用はありましたね。
注文の多い料理店
セキセイインコたちの家?に入るところ
灯籠あげ
わらわらが上がっていくところ
らせんに上がっていくのは、DNAっぽさも感じました。
シンゴジラ?
あの石が、シンゴジラ成体(赤)の体表のように見えましたが
たぶん関係ないでしょう……笑
ゲド戦記
船がたくさんのシーンや漕ぐシーンなんかは、なんだかゲド戦記、影との戦いラストっぽさ(本)を感じました。
サギ
やはり前作に続き、序盤の鳥のシーンは、ファウストのメフィストフェレスっぽさを感じましたね。
創作世界に誘う存在として、やはり「先人クリエイター」という事だと思います。
手塚先生はファウストを3回ほどやき直していたはずです。
ペリカン
これは、アニメーターですかね。
現実に帰れなくなった、というのも、だいぶ思わせぶりですね。
最後帰れてよかった。
ハリーポッター
暖炉からでてくるシーンは、ハリーポッターっぽさを感じました。
ハウルからかもしれませんが……。
トムは真夜中の庭で
夜のシーン・・・?
積み木
創作物の結晶(映画作品など)
扉の「我を学ぶものは死す」
これについては後程
まあ、こういったことは表面的なことなので、本質的な部分とはまた違うというか。
本質的な部分と、関連するかもしれないししないかもしれないといったところだと思います。
積み木はいろいろ考え込むとむずかしいんですが、パッとみた感じ、
(創作)世界というバランスを保つということを直接的に表現しているという感じでしょうか。
自作をつみあげることの難しさ……みたいな。
余談 全体的な内容についての考察
「君たちは」は、かなり複合的な作品だと思います。
喪失と鬱屈と受容の物語(表面的なライン)
物語創作についての話(異世界での話)
意識と無意識の話
生と死の話
つながり(継承)の話
残酷で美しい世界の肯定
おかあさん祭り
物語についての物語、という部分が大きいですね。
たとえば、魚を釣る人と、食べることしかできない存在。
これは「アイデアを料理できる人」と「それを使う人(アニメーター、あるいは観客)」
という解釈も成り立つのかなと思います。
たとえば、トトロとくらべると、ずいぶん複合的なんですよね。
起こる出来事がどれもつながりが少なく
よってシンプルだとは言いづらく
さらにいろいろごちゃ混ぜになっているため、解決も難しく
エンターテイメント性は低い……と言わざるを得ないのかなと思います。
物語についての物語……というのを、多くの人が楽しめるのか、結構難しいラインだと思います。
トトロなんかは、主人公の冒険にフォーカスが寄ってますが
「君たちは」は思考実験的要素が強く、好き嫌い分かれそうですね。
新しいことに挑戦している(無意識を描こうとしている)ように感じたところは
それだけでも全然評価できると思います。
トトロなんかは、メッセージ性は少ないんですが
ナウシカやもののけ姫並に、メッセージ性(寓話性)の高い話かな……と。
宮崎駿さんは、お母さんが大好きだという事はよくわかりました。笑
同時に、見捨てられ不安というのがあるのかな、という印象も受けましたね。
③メタファーとファンタジーとインナーワールド(潜在意識)
そういう感じで感想を続けると、今回もメタファー(隠喩)はけっこうあるんじゃないかなというか
そういう風にもみれると思います。
ペリカン、わらわら、セキセイインコなどメタファーになっているっぽいですね。
それも複数の隠喩が一つの存在(セキセイインコやサギ)の中で入れ替わったりしている感じもある。
とはいえそれは観客が見て考えることであり、
メタファーという意識をとっぱらってみれば、純然たる?ファンタジー作品として存在しているわけですよね。
ここらへんをどうとらえるのかは難しいです。
トトロなんかは、トトロやまっくろくろすけにファンタジー(空想、想像)的なもの以外のメタファー(隠喩 例えばトトロが宮崎駿自身)をなにか感じるところがあるとしたら、それはそれで間違ってはいないと思うんですが、どちらかというと作り手はそれを意識せずにメタファーっぽいものが作品に「入り込んだ」んだとおもいます。
ところが、紅の豚の「豚」や千と千尋の「豚」は明らかに「意識されたメタファー」という感じを受けます。
さらに今回ややこしいのは、インナーワールドっていう感じがある点です。
内的宇宙、夢の世界、幻想世界、精神世界、潜在的無意識の世界。
そういった世界が展開されている感じがして、誰かの夢をみている感じが面白かったです。
とくに、主人公に対して「話される言葉」
つまり、主人公に話しかける人ですね。
これは、主人公が「このひとだったらこういう風にいうかも」というセリフのようにも聞こえてくる節がありました。
魔女宅のキキに対するジジみたいな。
それって、主人公の「内的世界」ですよね。
そもそもが創作物なので、もしそういう描写があるとすれば入れ子構造になるわけですが
主人公のインナーワールド(同時に宮崎駿のインナーワールド)という感じを受けました。
④ファンタジーや創作物の存在意義とは?
次に、ファンタジーや創作物の存在意義とは?について。
メタファーでも空想でもインナーワールドでもいいんですが
結局、そのファンタジーを通じて、主人公はどんな体験をするのか?ということですよね。
今作では、主人公が、生と死というものを肌で体感するということが多かったと思います。
食べる、食べられるの関係が特に色濃く出ているように思いました。
さらに、墓に埋めるというのや、食べられかけるというのもありました。
こういった体験を通して、主人公は生と死、さらに食物連鎖を考えるということがあったと思います。
つまり、世界とのつながりです。
これはすでに「君たちは」の岩波の「本」のなかの「人間分子」や「生産関係」として
描写されていることに通じるものがあると思います。
さらには人間との関わり。
大叔父さんとの出会いやお母さんとの出会い、
それらはすべて実際に会ったことかのように作品内では語られていますが
とはいえいってしまえばすべて幻想かもしれません。
創作物も、現実世界から影響を受けた、想像の産物ですよね。
それをみて、そこの世界に触れて、人々は癒されたり考えさせられたり、
何か「現実」に持って帰るものがあるんですが、
とくに文芸作品や映像作品というのは「いずれ忘れてしまうもの」
(ずっと心に残ることもありますが)という側面が大きいと思います。
いずれ忘れてしまうものといえば、千と千尋でも描かれていました。
千尋は油屋での体験を忘れてしまう。
ただし、現実世界でも残るものがあるのです。
それが、千と千尋では、最後に光る髪留めが象徴的にあり
(成長や労働、すべての湯屋での体験、さらには友情や冒険などの証としての物)
今回は「自分という存在があるきっかけ」だったりするんです。
さらには、あの石の積み木が、すべてを忘れたとしても、なくし得ないものとして象徴的に存在している。
(創作物の)世界自体が壊れてしまっても、すべてを忘れてしまっても
残るものがある。
千と千尋と似たような存在として積み木はあったのだと思います。
つまり、本作での「君たちはどう生きるか」という本は自己の存在そのものにまで深く関わるものである、という事だと思います。
実際、君たちは~の本を読み(これはおかあさん自身も子供~大人の段階で読んでいるでしょう)
変化した主人公。
主人公の支えになるようにと思って本を授けたお母さん。
創作物が二人の間をつないでいるんですね。
これって創作の大肯定だし、宮崎さんが影響を受けた創作物、
ひいては自分が作ってきた映画の肯定、という事でもあると思うんですよね。
あの世界自体が、宮崎さんの世界、宮崎ワールドそのものだったと思うんですよね。
キリコの絵だったり、マグリッドっぽい石だったりが存在していて
それは宮崎駿本人とは違う、ともいえるんですが
そういった創作物の影響を受けたものとしての内的宇宙ともいえそうです。
だから、インナーワールドという感じがしました。
でも、その創作物はなんでもいいってわけじゃなく
やはり、自分が価値を感じられるものっていう線引きは、あるかもしれませんが。
悪意のない石?の積み木を見つけた、みたいなことを大叔父さんはいっていましたね。
つまり、積み上げている作品(宮崎作品)以外にも、良い作品というのはある、
そういうものを使って世界を創造(良い作品を原作に映画を作る)ことをすれば
ジブリという世界はまた復活できる、というようなことですよね。
主人公が、積み上げることを拒絶したことよりも
「世界には良い作品がまだまだ眠っている」ということを伝えてくれた点、
創作物への愛情というのが見えて、なんだかよかったなと思いました。
とはいえ、インナーワールドは、結局拒絶により崩壊してしまう。
これは「物語から抜け出して現実に戻る(れ)」というメッセージとも取れます。
だから、そこをして、物語を否定しているのか?といわれると
否定しながらも、でもそこで得るものがあるんだから、肯定できる部分は大いにあるという事だと思います。
風立ちぬだと、創作物(戦闘機)が抱える運命もあってか結構悲観的でしたが……それでも創作自体は肯定している感じがありましたし今回は特に、肯定している感じがありました。
見に行く前は、はてしない物語みたいな感じになるんじゃないかなと思ってましたが
当たらずしも遠からず(はてしない物語は、ファンタジー世界に入り込んだ男の子が
そこでの体験を持ち帰り
現実世界を豊かにするという内容)だったかなと思いました。
また、創作活動の光と闇というか、空想にあまりに耽溺してしまうと、現実を無視する「逃避」としての側面のみになってしまう。
現実に照射するものとしてファンタジーは存在するべきだというような考え方。
ここらへんは、はてしない物語でも語られているし、トールキンなん話していることです。
大叔父さんは創作物(あの世界)の創造主、つまり神になっているわけで
神話的にとらえると、創造主ってことになると思うんですが
それは創作活動においても、置き換わる話ですね。
我を学ぶものは死すについて。
つまり、おれの真似をしたら死んじゃうよってことだと思います。
特に、映画監督になりたいとか、アニメーション監督になりたいとか
そんなふうに考えても、なかなか到達できるものではないし
さらに言えば、作品そのものについてでもあると思うんですよね。
似たようなものを作っても、面白いものにはならないよ、と。
これってつまり、成功者がのんきに
「みんな俺の真似をすればいいんだよ、そうすれば成功するよ」みたいなことを言うのとは
真逆のことを言っているわけですよね。
そんなに簡単にうまくいくとは思っていないし
そもそも、創作活動をそういう表面的な「成功」を元に行うことへの疑問視というか。
これは、簡単に目指したりするのはよせ、という、宮崎駿のやさしさでもあると思うんですよね。
「君たちは」の物語の作りについて
結構哲学的な作りになってることって多いと思うんですよね。
例えばポニョでは、ポニョが無自覚に洪水をおこしますが
大洪水を起こす存在、そういう存在でも生まれてきてよかったのか?
ということが裏テーマとして存在していると思うんですよね。
(ポニョ自身をどうとらえるのか? 無垢な残虐性をどう受け止めるか)
風立ちぬでは
人殺しの兵器として使われる飛行機を、創造してよかったのか?
という意識が入っています。
(創造するという事と創作物は別だし、さらにそれがどう使われるのかは別、
だけどやはり不可分なものとして存在してしまうことへの葛藤)
つまり、デカルトが「すべてを疑った時、それでも考えている私 は残る」という「われ思う、ゆえに我あり」的な思考実験があるんですよね。
創作活動の否定的な側面を描いていって、創作自体を否定し、無価値なものとみなしたとしても
なお残るものは何か?ということです。
風立ちぬはどちらかというと、こういう否定的側面から創作を考え
本作「君たちはどう生きるか」では、肯定的側面と否定的側面の両方から
創作することの価値や意味を模索する、ということがあったと思います。
もののけ姫、ナウシカの漫画版、ポニョ、風立ちぬ、本作には
そういう印象を特に強く感じます。
テーマ的には「生の肯定」で、これまでの作品とだいぶ似通ってる部分はあるのかなと思います。
⑤生きている以上、誰もが誰もと関わっている
それは、誰かに生かされているということだし
誰かを生かすことでもある(つながっている)ということ
何か失敗を犯すこともあるけど、立ち直ることもできるということ
しかも、これからもまた、間違えるかもしれない。それも受け入れようと。
あんまり深くは語らなくてもいいと思いますが、
そういう印象を受けました。
大叔父さまから建物が代々つたわっていて、
それは創造世界だけじゃなく、本という部分でしっかりつながっていた。
さらに、血縁、人間関係、食の関係、いろんな関係性が描かれていた本作。
わかりにくい、という感じもあるし、ラスト盛り上がりに欠ける、という事もありますが
逆に言うと、そういう盛り上がりがなくとも、
響く作品になっていたこと、また、年齢が年齢でありながら
きちんと作品と向き合い仕上げたこと、とても素晴らしいと思います。
みなさんはどう感じたでしょうか?
暑い日が続きますが、お体にお気を付けください。
いろいろ途中で書き足したりしているため、長い&ややこしい感じになってるかもしれませんが
とりあえず、書きたいことは書けたと思います。
閲覧ありがとうございました。(*^-^*)
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YOUTUBEで投稿はじめました!(*^-^*)
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2020-04-23
みなさんいかがお過ごしでしょうか。大変な季節がやってきましたね(:_;)色々なことに気を配ってお過ごしください。ブログの内容をYOUTUBEで投稿しはじめました(*^-^*)動画にしてみると、だいぶ雰囲気変わっておもしろい。よかったら見に来てね~!(^^)! https://www.youtube.com/watch?v=cyVDxmaDhvUチャンネル登録おねがいします!https://www.youtube.com/channel/UCHALHbJymlSIDNLCAIa18Yw
未分類
ジョナサン
2020-04-23T18:00:38+09:00
大変な季節がやってきましたね(:_;)
色々なことに気を配ってお過ごしください。
ブログの内容をYOUTUBEで投稿しはじめました(*^-^*)
動画にしてみると、だいぶ雰囲気変わっておもしろい。
よかったら見に来てね~!(^^)!
https://www.youtube.com/watch?v=cyVDxmaDhvU
チャンネル登録おねがいします!
https://www.youtube.com/channel/UCHALHbJymlSIDNLCAIa18Yw
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映画「JOKER」感想
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2019-10-30
映画ジョーカー見てきました。演技がすごい!そして内容、考えることが盛りだくさんな映画でした。悪とは何か? 正義とは何か? 貧困とは何か? 正常(狂気)とはなにか?ジョーク(笑い)とは何か? 暴力とは何か? 環境とは何か? 妄想とは何か?これらの問題が多くのしかかってくる映画です。こういうことをなぜ監督は描くのか?ジョーカーという題材で、別の描き方もできたはずです。何らかの思いがあると思います(ジョークです)今回は、このジョーカーの感想です。完全にネタバレありで、見た人向きの記事になっています。なので、まだ見ていない人は読まないほうがいいです。ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)ネタバレ注意!(+_+)さて、ネタバレ注意君(+_+)も出しておいたので、ここからは本当にネタバレで書いていきます。とはいえ、あまり本筋を追っていくのはよくないので、本当に見た人はわかるような書き方になっています。今回結構詳細だよ笑内容1ピエロとは何か?ジョーカーのキャラクターについて2映画「ジョーカー」の謎3ジョーカー(アーサー)に共感できるか?4何を描こうとしているのか?5映画ジョーカーの考察&感想1ピエロとは何か?ジョーカーのキャラクターについてジョーカーのキャラクターについてまずは書きたい。ジョーカーというのは、バットマンの宿敵ですね。それで、ダークナイトで最近(?)有名になりました。ヒースレジャー演じるジョーカーすごかったですよね。あれを期待して映画に見に行った人も多いんじゃないでしょうか?さて、今回の映画、ヒースレジャー版ジョーカーとの違いです。ヒースレジャー演じるジョーカーというキャラクターは、悪者だけど、何を考えているのかわからないあたりがとても怖い。次に何をしでかすのか、行動が読めない。そのため、バットマンや警察は常に後手に回らざるを得ないのだ。なぜジョーカーの行動が読めないのか?それは、ジョーカーに目的らしい目的がないことによるのではないだろうか。例えば、銀行強盗したと思えば金を燃やす。ボスかと思えば部下を殺す。こういう具合に、地位とか金とかを目的に行動しているわけではない。ジョーカーがしていることはバットマンをくじくことで、バットマンがやりたくないことを無理やりさせようとする。 つまり、ヒーローを悪人に変えるとか、一般市民に殺人を起こさ..
映画
ジョナサン
2019-10-30T20:37:03+09:00
演技がすごい!
そして内容、考えることが盛りだくさんな映画でした。
悪とは何か? 正義とは何か? 貧困とは何か? 正常(狂気)とはなにか?
ジョーク(笑い)とは何か? 暴力とは何か? 環境とは何か? 妄想とは何か?
これらの問題が多くのしかかってくる映画です。
こういうことをなぜ監督は描くのか?
ジョーカーという題材で、別の描き方もできたはずです。
何らかの思いがあると思います(ジョークです)
今回は、このジョーカーの感想です。
完全にネタバレありで、見た人向きの記事になっています。
なので、まだ見ていない人は読まないほうがいいです。
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
ネタバレ注意!(+_+)
さて、ネタバレ注意君(+_+)も出しておいたので、ここからは本当にネタバレで書いていきます。
とはいえ、あまり本筋を追っていくのはよくないので、本当に見た人はわかるような書き方になっています。
今回結構詳細だよ笑
内容
1ピエロとは何か?ジョーカーのキャラクターについて
2映画「ジョーカー」の謎
3ジョーカー(アーサー)に共感できるか?
4何を描こうとしているのか?
5映画ジョーカーの考察&感想
1ピエロとは何か?ジョーカーのキャラクターについて
ジョーカーのキャラクターについてまずは書きたい。
ジョーカーというのは、バットマンの宿敵ですね。それで、ダークナイトで最近(?)有名になりました。ヒースレジャー演じるジョーカーすごかったですよね。
あれを期待して映画に見に行った人も多いんじゃないでしょうか?
さて、今回の映画、ヒースレジャー版ジョーカーとの違いです。
ヒースレジャー演じるジョーカーというキャラクターは、悪者だけど、何を考えているのかわからないあたりがとても怖い。次に何をしでかすのか、行動が読めない。そのため、バットマンや警察は常に後手に回らざるを得ないのだ。
なぜジョーカーの行動が読めないのか?
それは、ジョーカーに目的らしい目的がないことによるのではないだろうか。
例えば、銀行強盗したと思えば金を燃やす。ボスかと思えば部下を殺す。
こういう具合に、地位とか金とかを目的に行動しているわけではない。
ジョーカーがしていることはバットマンをくじくことで、バットマンがやりたくないことを無理やりさせようとする。
つまり、ヒーローを悪人に変えるとか、一般市民に殺人を起こさせるというような、人間の倫理、存在を変化させ、悪行を働かせるということを楽しんでいるキャラクターといえる。なので、街を爆破しようとするヴィランなんかより、はるかに行動が読めないというはめに陥る。
ジョーカーは誰も信じず、何物にも屈しない。
また、バットマンに殺人をさせるためなら、自分がバットマンに殺されることもいとわない。
ジョーカーは精神病と認定されるため死刑にすることもできず、精神病院に送り込むしかない。
また、ジョーカーはトランプの裏表、バットマンの裏である、という描き方をされる。バットマンが存在するためにはジョーカーの存在が必要で、ジョーカーが存在するためには、バットマンが必要となる。これはつまり、だいたいにおいて、ヒーローが登場する話には悪役が必要で、悪役が登場(以下略)ということである。
それはそうとして、役としてもバットマンの反対に描かれている。かつ、類似性のあるキャラクターでもある。
笑うジョーカー 笑わないバットマン
人を貶めるジョーカー 人を助けるバットマン
街を(精神性から)破壊しようとするジョーカー 街の発展を求めるバットマン
誰も信じないジョーカー 友人の多いバットマン
似ている点としては
ピエロの扮装をするジョーカー コウモリ男の扮装をするバットマン
暴力に訴えるジョーカー 時に暴力に訴えるバットマン
など・・・・・・。
今回の映画ジョーカーでは、ダークナイトのジョーカーとは違う描かれ方をしていた。それこそ、本当にバットマンとジョーカーが対比するものとして描かれている。
虐待を受ける←→高度な教育
父親が誰かもわからない←→父親は市長候補
貧しい生活←→裕福な生活
悲惨な環境←→恵まれた環境
貧困にあえぐ←→慈善事業に手を出す程度に裕福
不健全←→健全
友達がいない←→友達ができるだろう
コミュニケーションが取れない←→コミュニケーションが取れる
運が悪い←→運がいい
今回の映画ジョーカーで、のちにジョーカーとなるアーサーはこのように、
徹底的にバットマンの逆として描かれている。そして、かれはコメディアンを目指すピエロでもある。
ピエロとは何か?
ピエロ、道化師は、人を笑わせる人。メイクは派手で、滑稽な動きで笑いをとる。
そのメイクには、涙の模様がある。つまり、笑わせようとしているんだけど、泣いている。どこか傷ついている。それも含めて笑いに変える。また、風刺的側面をもった笑いを起こす。
基本的には、ピエロというのは「笑わせる人」というよりも「笑われる人」ということだろう。
笑われているんだけど、同時に笑わせてもいる。結果的に人は笑っている。次第にその境目が見えなくなる。
自分は今笑われているのか? それとも笑わせているのか?
笑われているという自覚があるから、涙のメイキャップとなっているが、同時に笑わせているかもしれないという錯覚が、笑いのメイキャップとなった、混在したメイクをピエロはしている。
ジョーカーの意味もほぼ同じで、道化師、または洒落や冗談を言って周りを楽しませる人。
トランプのジョーカーは切り札として使われる。最も弱いカードでありながら、最も強いカードにもなりうるのがジョーカーのカード。
戦況をひっくり返すカード、要するに、カオスを巻き起こすカードだといえるだろう。
このような、トリックスターとしてのジョーカー。
だから、行動が人間のとるようなものとかけ離れていることが多い。
ジョーカーに共感することは少なからずあっても、理解するのは難しいし、同一化して考えることはもっと難しい。
そういう意味で、悪いジョークのような映画でもある。
2映画「JOKER」の謎
次に、映画ジョーカーの所々にみられる謎について
映画ジョーカーは謎めいたシーンが多い。
1どこまでが現実でどこまでが妄想か?
2結局ジョーカーの父親は誰か?
3最後のセリフの意味とは?
4アーサーはいつジョーカーとなったのか?
5煙草に込められた思いは何か?
6結局笑いの発作は本当だったのか?
7弾切れを起こしていたのでは?
8銃を手に入れる経緯についての不可解さ
1どこまでが妄想か?
明らかに妄想とわかるシーンと、妄想なのかどうなのかわからないシーンがあり、その結果、どこまでが(映画内)現実でどこまでが妄想なのかがわからないような描かれ方をしている。
なので、一人ひとりの感想にゆだねられる。ラストシーンまですべて妄想という派と、ほとんど現実派がいるようだ。僕個人的には、妄想と現実が入り混じっている派で、しっちゃかめっちゃかというイメージ笑 見た感じ、そもそもマーレイに呼ばれてはいないという印象を持った。後半の流れが妄想という印象で、弾切れしていたのにも合点がいく。
2結局ジョーカー父親は誰か?
ジョーカーの親は謎であり、トーマスウェイン(バットマンの父)なのか、または別人なのかわからないような描かれ方をしている。ここは本当にわからない。
3最後のセリフの意味は?
「面白いジョークを思いついたよ」「どんなの?」「君にはわからないさ」
君にはわからない、ということそのものがジョークなのか、ジョークを言っても君にはわからないという意味なのか、君は理解する前に死んでしまうからわからないのか。
観客には理解できないという意味(共感を突き放す)なのか。
それとも、これまでの流れすべてがジョーク(妄想)なのか、この映画そのものがジョークなのか、非常に含蓄のあるセリフとなっている。
4アーサーはいつジョーカーとなったのか?
結構難しいところで、バットマンと相対するジョーカーを考えたらアーサーは年を取りすぎという意見もある。つまり、アーサーは引き金であって、バットマンに登場するジョーカーではない、という意見。僕としては、ジョーカー的な部分を人間が持ち合わせており、彼の中のジョーカーが覚醒したという意味では、ジョーカーに覚醒したといえるだろうと思う。マーレイを殺害した後くらいで、完全にジョーカーとなったのではないかと思うが、徐々にジョーカーになる映画だと思うので、あやふやな部分がある。アーサーとジョーカーが入り混じっている。ただ、最後の精神病棟でのアーサーはジョーカーだと思う。
5煙草に込められた思いは何か?
やたら煙草を吸っている。吸いすぎなくらい。何か意味を込めているのは間違いないだろう。煙草はメタファーであると思われる。
煙草を吸うのは中流層に多く、毒であると同時に多幸感をもたらすものでもある。
麻薬的側面を持つ。
つまり、自己破壊の象徴、そしてその自己破壊を自己肯定するものとしての煙草であると考えられる。
6結局笑いの発作は本当だったのか?
障がいによって笑っている、という可能性以外にも、精神的な抑圧から、笑いが起こっている可能性がある。
アーサーの笑い、その笑いに注目していただきたい。眉をしかめたまま笑っている。
つまり、笑いたくもない、むしろ「ネガティブ」な時に笑っている可能性が高い。
アーサーが笑う時に注目したい。(違っている箇所があるかもしれません)
1バスで子供を笑わせる。母親から、かまわないで、と言われる→笑いの発作
2不気味な奴だ、と同僚に言われる→笑いの発作
3電車内で女性に絡む3人の男を見る→笑いの発作
このように、本来なら悲しかったり嫌だったり起こったりしたいときに、笑いの発作が起こっている。
これは、親から「ハッピー」というあだ名をつけられていることからもわかる。スマイル、という曲がこの映画で使われている。笑っていれば、人生には価値がある、というような歌詞の曲だ。
アーサーは、笑いを親から強制されている。つらいときこそ笑いなさい、というようなことを言われてきている。そういうことによって一時的に何とかなることもあるが、それだけではどうしようもない。だが、アーサーにはそれしかない。つらい時も笑うしかないのだ。
つまり、笑うことだけは許可されている。そして、笑うことしか許可されていない。
だからコメディアンを目指すし、コメディアンを尊敬するのだ。
この「つらい時に笑う」という症状と、「自己コントロールを失ってしまう」というアーサーの人物から、笑ってはいけないような状態のときに限って、笑ってしまう、ということが起こっているのではないかと僕は思いました。
7弾切れを起こしていたのではないか?
マーレイを殺害するにあたって、銃は弾切れを起こしていたのではないか?
すくなくともそうおもった。なので、このシーンは妄想か、あるいは弾をどこかで購入しているということになる。(弾丸の購入シーンは描かれていない)
8銃を手に入れるシーンが不可解
アーサーが銃を仕事仲間からもらうのだが、それがあまりにスムーズなのが不可解。仕事仲間はなぜ銃を渡すのか?
これは完全に僕の妄想だが、暴行少年たちとランドル?はうしろでつながっていて、ランドルは恩を着せ、銃を売りさばくためにアーサーを襲わせた、と思うとしっくりくる。
だいたい、ピエロ派遣業の店主?は、アーサーが看板を奪われたのはわかるはずだ。
彼と一緒にピアノを弾いていたものがいて、奪われるシーンを目撃しているのだから。
なぜアーサーがそう店主?にいいかえさなかったのか、不思議である。アーサーがそれほど頭がまわらない人間だという描写か、単に脚本に穴があるか。
とにかく、普通は銃を渡さないだろ、というところで、これは日米での感覚の違いかもしれないが、不自然さというか、あまりにもスムーズに行き過ぎているのを感じた。
3ジョーカー(アーサー)に共感できるか?
ジョーカーに共感できるかといわれると、なかなか難しいところがある。
まず、ジョーカーの現状だが
①虐待を受けた過去
②精神薬を7種のむ
③重度の喫煙習慣
④突然笑ってしまう発作持ち
⑤運動神経はよくない
⑥誰からも相手にされない(友達も恋人もいない)
⑦夢を持っている(コメディアン)がうまくいきそうもない
⑧母子家庭
⑨極度の貧困
⑩仕事仲間からの裏切り
⑪妄想癖
という、ざっと挙げただけでもこれだけの状況に囲まれている。
とはいえ、いくつか体験したり当てはまる、という人は少なからずいるだろうし、似たような体験をすることもあるので、そういうところで共感してしまう、共感を呼ぶという作りになっている点は否めない。
彼の境遇がどんどんひどいものになっていく点も、同情を呼ぶ作りになっている。
そういう意味で、バットマンよりははるかに共感を呼びやすい構造である。
バットマンは「大金持ち」「イケメン」「ハイスぺ」「笑わない」「コウモリ恐怖症」「自警癖」と、はっきりいって、共感しにくい笑
その点、ジョーカーのほうが一見マジョリティで(実際のジョーカーはかなりのマイノリティ)感情移入しやすい。また、根はいい人であったのではないかと思わせられるので、応援したい、と思わせるような弱者であるといえるだろう。とはいえ、例えばブルースの顔を笑わせようとするシーン。
これは、実は悪いことはひとつもしていない。自分が持っているのは笑顔だけだから、渡せるのも笑顔だけなのだ。とはいえ、こどもの口の中に手を突っ込み、口角をあげるのは「どうかしている」としかいいようがない。ブルースウェインが子供ゆえにそれを受け入れてしまっているため、一見あり得ることなのかと思わせるも、執事がきて観客は奇行に我に返る。
このあたりで、アーサーの狂気性、異質性、共感力のなさ、コミュニケーションの断絶を表現しているあたりは、さすがだなという感じがする。
つまり、共感したり感情移入したり同情することはあるが、それと理解するということはまた別で、アーサーに共感、同情したとしても、理解することは難しいという線引きがなされている。
つまり、母親以外誰からも相手にされない、というようなこと、それは少しはあるかもしれないが、本当に相手にされない、ということはまれだし、孤独になる時もあるだろうけど、友達がいないこともない・・・という人が大半で、共感する部分はあるにしても、完全ではないはずだと思われる。
そのあたりのバランスが、非常にうまいですね。
4何を描こうとしているのか?
これらのことを踏まえて、この映画はどういうものか考えたい。
トーマスウェイン(バットマンの父)が、いやな人物として描かれている点は間違いない。
社会的な弱者にとどまり続けるものはピエロだ、というような発言をしたり、貧困層があえぐ中、優雅にチャップリンのモダンタイムス(労働者のための映画)を見る。
そして、極めつけはゾロも見ている。
「社員は家族」といいながら、社員の顔も知らない。そして、元社員だったアーサーの母への援助はないどころか無視である。
暴力も振るっているし、そういう意味で「嫌な奴」として描かれているのは間違いない。
一方アーサーは、非常に追い詰められていて、同情しても仕方のないようなことばかりが起こる。たとえば、急に看板を奪われ暴行を受ける、だとか、社会福祉の援助を打ち切られる(ウェインによって)だとか。つまり、アーサーに感情移入しやすいような作りになっている。
しかし、ここでよく踏みとどまって考えれば、トーマスウェインが悪者ではないことはわかるはずだ。たとえば、打ち切るということは、それまで福祉をしていたのはウェインだし、アーサーの奇行から、アーサーを殴っている。それは最善ではなかったかもしれないが、一定の理解を得られる行為であるものだったと思う。
そこで、じゃあ監督はアーサーに感情移入させて、何を見せたかったのか?という問題になる。
おそらくそれは、現実の暮らしであり、切り捨てられる弱者であり、社会や力のあるものが「見ようとしなかったもの」「見たくなかったもの」それと同時に民衆にとっては「切り捨てられる自分自身」であり、自分がそうでありながら「切り捨ててきたもの」であり「もしかしたらこうなっていたかもしれない自分」でもある。
つまり、非常に警告的な映画だといえるだろう。
こうならないようにしよう、と思い、実際にこうはならない人が大多数であるのは間違いない。一方、マイノリティ中のマイノリティ(重度の精神疾患を持ったり、コミュニケーションをうまくとれなかったり、どこにも友達がおらず、というような要素が幾重にも絡み合う人物)には、もう「こうならざるを得ない」という人もいるのではないか、と思わせられるような作りだった。
要するに、犯罪を正当化してしまっているようなニュアンスがあるのだ。
ただ、決定的に違うのは、やはりジョーカーだからこうなったのであって、ジョーカーでなければこうならないのではないか、ということだ。
一般的に、殺人を犯した人も、ジョーカーのようではない。つまり、ジョーカー的狂気を持ち合わせてはいない。ジョーカー的狂気というのは、つまり「悲劇が喜劇」という物事が完全に反転してしまった状態だと考えられる。
この映画で、悲しいのに滑稽(実際には笑うに笑えないのだが)のような、背筋の凍るような寒いギャグ的シーンの数々がある。暴行される時、急所だけは守るだとか、ピストルを落としちゃうだとか、救いを求めに行った父親に殴られるだとか。
「笑いに変えるしかない」ような悲劇を、「喜劇」とすることはあるが、ジョーカーとなった彼は積極的に「喜劇」を創作しようとする。
つまり、人を殺すのもジョーク、というような、狂いがそれにあたる。
5考察&感想
長いね、この記事笑 まあでも仕方ないかな。付き合ってくれてありがとうございます!(*^-^*)
さて、この映画ジョーカーについて、考察したいことがいくつかあって、映画ジョーカーの謎でも取り上げたけど、加えていくつか。
考察
①アーサーという人物について
②アーサーにとっての幸せとは何か?
③コメディショーでのアーサーについて
④この映画はハッピーエンドか? バッドエンドか?
①アーサーという人物について
アーサーはよいところもたくさんある。子供にやさしいように見えるし、親の面倒をみたりしている。
ただ、短気で、自分に気に食わないことが起こると、恨みを持ちやすい傾向にある。
人の気持ちがわからないか、というとそうでもないが、コミュニケーションはうまく取れない。
問題は、その良いところまでが、実は塗り固められたものではないか、ということだ。
アーサーは虐待を受けている。つまり、親には逆らえない、逆らわないようにしている。
この結果、「ハッピーでいなさい」ということに「逆らえない」
人を笑わせるということすらも、実は虐待の結果だったのではないか?
アーサーはそういう気持ちもあって凶行に及んだのではないだろうか。
つまり、笑いすらも虚構であった。唯一の「コメディアン」というアイデンティティすらも崩壊するということを描いている。
また、薬の服用もテーマになっている。薬が切れるにつれ、実はアーサーは「正気を取り戻していく」
そこらへんの描き方がすごい。つまり、今までのアーサーは「薬によって抑圧された人間」だったのだ。
②アーサーにとっての幸せとは何か?
アーサーにとっての幸せは、それが虚構であろうと何だろうと、ひとを笑わせる、そして「拍手喝さいをもらう」ということだろう。
そうすることで、自分が「実在している」と感じられ、「価値がある」と実感できると思い込んでいる。そして、それが幸せだと思っていると思う。
③コメディショーでのアーサーについて
アーサーは当初自殺する予定だった。それは、自殺の予行演習を行っていることからもわかる。
あそこで、衝撃を残したいからこそ、警察にはつかまりたくなかったのだろう。
ところが、そのような予定とは裏腹に、アーサーは凶行に及ぶ。
なぜだろうか?
それは、デニーロに邪魔されたからに他ならないだろうと僕は思う。
ノックノック・・・。までは予定通りだ。つまり、この時点ではアーサーは自殺するつもりだった。
ところが、チャチャがはいる。デニ色がチャチャッとチャチャをはさむ。
そこでアーサーの怒りに触れる。それは、アーサーが貧乏ゆすりをしたことからもわかる。
その後、アーサーはデニ色に対し色々言ってはいるが、それは付け足しだった。
もともとは自殺するつもりだったのだ。
つまり、アーサーは殺人をするつもりであの場所に行ったつもりではなかった。
これは非常に重要なことだ。アーサーは、コメディショーで「笑いものにされた」ことに、呆然とする場面があるが、そこでアーサーは自分が笑いものにされたことを受け入れるしかなかったはず。
そして、電話で出演依頼が来ることも予想できないことだった。
つまり、番組を見た時点で、デニ色に殺意を抱くことがあったとしても、デニ色を殺害することはできないことは自明の理だ。
アーサーがあそこで受けたのは絶望で、コメディアンとしての死刑宣告をされたような気持ちだったのではないか。そして、電話で出演依頼がきても、アーサーはデニ色を殺すのではなく、自殺の予行演習をしている。つまり、途中まで殺意はなかった。
最後、チャチャをいれたからデニ色を殺害する方向へ、急遽舵を取ったのだろう。
④この映画はハッピーエンドか? バッドエンドか?
最後、パトカーと救急車が衝突し、キリストのようにアーサーは祭り上げられ、そしてアーサーがパトカーの上で踊る。
このシーン。
ここをして、ハッピーエンドだとする意見が結構あるが、僕はそうは思わない。とはいえ、ハッピーエンド的要素がないわけでもない。
このシーンは非常によくできている。僕が思うに、すべてはこのシーンに到達するためにあった。そして、このシーンが意味するものは、強烈な皮肉だと思う。
先ほど、アーサーにとっての幸せは、皆に認められること、そして、皆を笑わせること、ということだと書いた。その図式が、ここでは成り立っている。
アーサー(ジョーカー)は、「笑うピエロ」に囲まれて「拍手喝さいを浴びている」
だが、それはコメディアンとしてではない。
アーサーの願いはコメディアンとして、人を笑わせるということだった。
だが、現状はどうか? 周りの人々は、アーサーを自分の代弁者としてたたえている。
そして、それは全くの誤解にすぎない。
アーサーの殺人は、富裕層への逆襲ではない。殺人の動機は、防衛本能、恨み、怒り、やけっぱちなどによるものだ。そして、アーサー(ジョーカー)を祭り上げたところで、彼は貧困層のヒーローにはならない。(バットマンから考えるに、ジョーカーは誰も信じず、誰のためにも働かない)
つまり、アーサーを讃えるのはお門違いであった。アーサー自身も、政治的意識はないとでに色に対し答えている。そして、急遽自殺から他殺へと舵を切ったアーサーは、でに色を殺害する「言い訳」として、でに色を非難している。もちろん、アーサーの中にも、そういった市民をないがしろにする者に対する怒りはあった。だが、根本的にはコメディアンとしての尊厳を侮辱されたから(ギャグをジャマされたから)デニ色を殺害するのである。
このないまぜ状態を、民衆が勝手に誤解した。
アーサーは、アンチヒーローとして祭り上げられる。
これがアーサーの望んだことだろうか?全く違う。笑
とはいえ、そこには「自分がいるという実在感」や拍手喝さいを浴びることで、自己肯定感を得られたはずだ。
これは、とんでもない皮肉である。そして、悲劇のはずだ。
つまり、バッドエンドだ。だが、アーサーにとっては「だからこそハッピーエンド」なのだ。
なぜなら、彼にとっては「悲劇こそ喜劇」であるから。
彼の狂いによって、この強烈な皮肉がハッピーエンドとして反転する。
自分の死をギャグにしてまでも、コメディアンとして拍手(それを聞くことはないが)を求めていたアーサー。だが、デニ色を殺害したのちは、完全にその夢は絶たれる。もう、絶たれてしまったのだ。
ジョーカーは涙ぐみながら踊る。
その涙は、果たして喜びの涙か? 悲しみの涙か?
感想
えらいものを作ってくれましたな、という感じ笑
観客によってとらえ方が変わるので、どうとでもとらえることのできる映画。そういう映画は嫌いじゃないんだけど、あまりにもその幅が大きいので、もうすこしそこは制限が欲しい気もした。
そういう意味で、やはりジョーカーのジョーク的作品なのではないかと思った。
今日はこんなところで。頭の中がもやもやしていたので、書くことにしました。
演技はとてもよかったし、音響も目を見張るものがあったぞよ!('ω')(ジョーク)
個人的には見てよかったと思いました。颯爽と階段を踊りながら降りていくシーンがよかった。
とはいえ、とてもおすすめはできない映画でした!!笑
ではでは('ω')ノ
いろいろまとめ(^O^)
音楽(ピアノ)まとめ♪♪(*´▽`*)
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16
本まとめ(・x・ ).o0○
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16-1
文鳥まとめ(^ω^*)))
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-1
絵まとめ〆(.. )カリカリッ!!
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-2
#JOKER #ジョーカー
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グズ病が完全に治る本
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2019-09-04
お久しぶりです! 毎日暑いですね。グズ病が完全に治る本という本を読んで、なかなか興味深かったのでブログに書きたいと思います!(*^-^*)こちら 気になったところ内容をまとめてみました。(もちろん全部ではありません!)>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>先延ばしの解決法まず小さな問題から取り組もう。やるべき目標に明確な条件を付ける。(目標を明確にする)先延ばしには、神経過敏型 集中力不足型 ふたつの先延ばしがあります。神経過敏型は評価を気にするあまりに先送りが生じます。( ;∀;)集中力不足型集中力が足りず、いろんなことに手を付けます。( ;∀;)神経過敏型の問題解決「不安症」「失敗恐怖症」「自己否定性」「完璧性」不安で手につかない。→不安に向き合えば、課題はもはや脅威にはならない!( `ー´)ノ失敗恐怖症は評価主義に立脚している。→評価を固定のものと考えるのでなく、刷新されるものと考えよう!(*^m^*) ムフッ自己否定性自尊心が低い。自尊心が低いのは自分を守るため。そういう点で失敗恐怖症との類似点が大きい。→挑戦をおそれるのではなく、だからこそ挑戦しようという気持ちをもつ!(*^n^*) ぺフッ完璧性自らハードルを高くすることによって問題が先送りにされている。自分への期待が高すぎる。→やることの目的を明確にして、そこから自分なりの達成基準を考えれば、自分の期待を通さず目標を定めやすくなる!( - ^ -) 逆ニコリ高すぎないかチェックすること。集中力不足型順序立てて丁寧に仕事をするようにする習慣を身に着けるのがよいらしいです。先延ばしはすべて後天的なもので、必ず改めることができるとのこと。物事が変化する6段階。考える以前→考える→準備→行動→維持→習慣の確立例えば、太った自分から痩せた自分への変化も、ダイエットについて考えたりそのための準備をしたり、行動に移したりと、段階を踏んで変化が起こります。自分の問題を認識し、その原因を探ることから、克服へのカウントダウンが始まる!( ̄ー ̄)ニヤリ面白かった一文があって(プロチャスカらの調査では、禁煙の努力をする人は平均して二年ほど禁煙について考え続け、それからやっと実行に移すことが明らかになった。)と書いてあった。つまり、禁煙するまでに、禁煙について2年ほど考える期間があるということだ。このような変化には不安でることもあったり、自分を認められないこともある..
未分類
ジョナサン
2019-09-04T11:50:09+09:00
グズ病が完全に治る本という本を読んで、なかなか興味深かったので
ブログに書きたいと思います!(*^-^*)
こちら
気になったところ内容をまとめてみました。(もちろん全部ではありません!)
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
先延ばしの解決法
まず小さな問題から取り組もう。
やるべき目標に明確な条件を付ける。(目標を明確にする)
先延ばしには、神経過敏型 集中力不足型 ふたつの先延ばしがあります。
神経過敏型は評価を気にするあまりに先送りが生じます。( ;∀;)
集中力不足型
集中力が足りず、いろんなことに手を付けます。( ;∀;)
神経過敏型の問題解決
「不安症」「失敗恐怖症」「自己否定性」「完璧性」
不安で手につかない。
→不安に向き合えば、課題はもはや脅威にはならない!( `ー´)ノ
失敗恐怖症は評価主義に立脚している。
→評価を固定のものと考えるのでなく、刷新されるものと考えよう!(*^m^*) ムフッ
自己否定性
自尊心が低い。自尊心が低いのは自分を守るため。そういう点で失敗恐怖症との類似点が大きい。
→挑戦をおそれるのではなく、だからこそ挑戦しようという気持ちをもつ!(*^n^*) ぺフッ
完璧性
自らハードルを高くすることによって問題が先送りにされている。
自分への期待が高すぎる。
→やることの目的を明確にして、そこから自分なりの達成基準を考えれば、自分の期待を通さず目標を定めやすくなる!( - ^ -) 逆ニコリ
高すぎないかチェックすること。
集中力不足型
順序立てて丁寧に仕事をするようにする習慣を身に着けるのがよいらしいです。
先延ばしはすべて後天的なもので、必ず改めることができるとのこと。
物事が変化する6段階。
考える以前→考える→準備→行動→維持→習慣の確立
例えば、太った自分から痩せた自分への変化も、ダイエットについて考えたり
そのための準備をしたり、行動に移したりと、段階を踏んで変化が起こります。
自分の問題を認識し、その原因を探ることから、克服へのカウントダウンが始まる!( ̄ー ̄)ニヤリ
面白かった一文があって
(プロチャスカらの調査では、禁煙の努力をする人は平均して二年ほど禁煙について考え続け、それからやっと実行に移すことが明らかになった。)と書いてあった。
つまり、禁煙するまでに、禁煙について2年ほど考える期間があるということだ。
このような変化には不安でることもあったり、自分を認められないこともあると思うが
たとえ小さな一歩だとしても、たいした進歩だと考えて、再び自分の目標に挑戦を続ければいいらしい!そうだなと思う。
先延ばしを起こす原因
1、一つの結果を普遍化しすぎる。
→方法はたくさんあることを知る。
2自分や他人にマイナスのレッテルを貼る(怠け者、等)
→悪いレッテルははがそう笑 逆に、いいレッテルははってもいいかも!
3、些細な事柄を大げさに扱う
問題を大きく見てしまうことによって先延ばしが生じる。
→問題を細分化し、必要以上に深刻にとらえないようにする。
4、負け犬根性がある
自分の力では無理だと考えること。
→そうではなく、自分の力によって人生はたいていコントロールできると考えること!(^⊆^)
5すべてを二者択一で考える
つまり、成功か失敗か。一つのミスによって、全体を失敗と決めつけてしまうこともある。
→そうではなく、失敗したところもあれば、うまくいったところもあるはずだ。
全体からみて正当な評価を下し、プラスの面に目を向ければいい。
6自分の言動に神経質になりすぎる
過去の結果や自分の言葉に対する相手の反応に神経質になるあまり、そのことがきになって先延ばしが起こる。
→解決法としては、評価主義から脱却する。相手の反応によって自分の行動を制限する、ということをやめる。
7人の心を悪いほうに深読みする
たとえば、一輪車に乗って、ちょうどうまく漕げているのに、うまく漕げたのは初めてなので、こけるんじゃないかと思って漕ぐのをやめてしまう。
→マイナスの深読みはしない笑
このような思考はすべて後天的なので、改めることができる。日記などで、思考をチェックしてみる。
流れとしては・・・
1ゆがんだ思考を見つける 2タイプを特定する 3合理的な考え方に切り替える
○○すべきだ という思考から ○○したい という思考へ
○○すべきだという考え方は、不安を生み、行動を阻害しやすい。
そうではなく、○○したい、という積極的で自主的な姿勢をとると、行動はスムーズになりやすい。
課題を決めたら、課題に取り組む理由をリストアップする。
そうすることにより、なぜその課題に取り組むのかが明確になる。
目標を定めたら、その目標に至るまでの課題を細分化する。
やりたいことリストをつくる。その際、達成期限も決めてみよう。
その目標達成にはどれくらい時間がかかるだろうか?と考えてみる。
たとえば、200ページの本を読むことが課題だとする。
ただ、読みたいものではあっても、一度に読むのは難しいとする。
じゃあ、どうやってこのやりたいことを細分化して取り組もうか?
10分で何ページ読めるかがわかると、取り組みやすい。
10分で10ページ読めるとすると、200分で読める計算になり、
その時間をどこでとるかということへと考えが移せます。
このように、目標達成に向けて取り組む内容を細分化することによって、具体的な計画が立てやすくなます。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
ふうー・・・。こんな感じ。
まだまだ面白いことが書いてあります!
感想
やっぱり、人は向上したいという気持ちを持っている。
そして、それにむけて行動していけば、いつのまにか自分が変化し、目標に近づいていく。
そう実感させられた一冊でした。
まえの小さな習慣でも書いたけど、やはり習慣にすることは大事だな、ということ。
この本は、習慣にするための方法や、最初の一歩の踏み出し方がたくさん書いてあって
ためになったなーという感じです。(*^-^*)
機会を見て、読み返していきたい一冊。
おすすめです!(*^-^*)
いろいろまとめ(^O^)
音楽(ピアノ)まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16
本まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16-1
文鳥まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-1
絵まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-2
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SUZURIでTシャツ販売中!!!
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2019-02-07
SUZURIというネットショップでTシャツの販売を始めました!こちら→https://suzuri.jp/okinokouichiいやー、こういうことしてみたかったんだよね。マグカップやスマホケースなんかも、デザインさえ作れば売り出せるというのは画期的で面白いです。自分用やプレゼント用に自作してみるのも楽しいかも!というわけで、ぜひ見に来てくださいね!(*^-^*)☆https://suzuri.jp/okinokouichi
未分類
ジョナサン
2019-02-07T13:37:38+09:00
こちら→https://suzuri.jp/okinokouichi
いやー、こういうことしてみたかったんだよね。
マグカップやスマホケースなんかも、デザインさえ作れば売り出せるというのは
画期的で面白いです。自分用やプレゼント用に自作してみるのも楽しいかも!
というわけで、ぜひ見に来てくださいね!(*^-^*)☆
https://suzuri.jp/okinokouichi
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18『徒然草』兼好法師
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2019-01-31
お久しぶりです!寒い日が続きますが、お体にお気をつけてくださいね。さて、今回は兼好法師の徒然草。つれづれなるままに、ひぐらし、硯に向かいて・・・・・。吉田兼好のすごいところは、人間を観察しているということだ。人間を観察して、どういう人がいるのか、仏教とてらしあわせたらどうなのかということを、つれづれと書いている。すごく短いのもあれば、かなり長いのもあってまちまちだが、たとえば、三行で終わるものもある。ところが、それにも、兼好法師のおもったことが、ちゃんと書いてある。簡潔に、自分の思ったことを書いてあるのだ。気晴らしになるっていうのはいいことだろう。兼好は、無心で、つれづれに書いたのだろうか。詳しくはわからないが、なにはともあれ、気楽さがこの本にはある。さて、兼好法師を見習って、今回は、簡潔にこれくらいで終わる(笑いろいろまとめ(^O^)音楽(ピアノ)まとめhttp://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16本まとめhttp://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16-1文鳥まとめhttp://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-1絵まとめhttp://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-2
本
ジョナサン
2019-01-31T11:35:29+09:00
お久しぶりです!寒い日が続きますが、お体にお気をつけてくださいね。
さて、今回は兼好法師の徒然草。
つれづれなるままに、ひぐらし、硯に向かいて・・・・・。
吉田兼好のすごいところは、人間を観察しているということだ。
人間を観察して、どういう人がいるのか、仏教とてらしあわせたらどうなのかということを、つれづれと書いている。
すごく短いのもあれば、かなり長いのもあってまちまちだが、たとえば、三行で終わるものもある。
ところが、それにも、兼好法師のおもったことが、ちゃんと書いてある。
簡潔に、自分の思ったことを書いてあるのだ。
気晴らしになるっていうのはいいことだろう。
兼好は、無心で、つれづれに書いたのだろうか。
詳しくはわからないが、なにはともあれ、気楽さがこの本にはある。
さて、兼好法師を見習って、今回は、簡潔にこれくらいで終わる(笑
いろいろまとめ(^O^)
音楽(ピアノ)まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16
本まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16-1
文鳥まとめ
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絵まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-2
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小さな習慣
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2018-02-26
小さな習慣 という本。なかなか面白かった。習慣作りをすることによって、物事が良くなるという事がある。人間の行動は、結構無意識の習慣によって行われていることが多く、つまり、よい習慣をつけることによって、よい結果を得ることが可能となる。とはいえ、習慣を作る途中に立ちはだかるのは、「途中でやめてしまう」ことだ。面白いのは、途中でやめてしまうと、それまでの習慣的な活動が0までリセットされるというわけではなく、その活動に対する行動の意志力は、習慣づけようとする前よりははるかにスムーズになっていくらしい。それでも、やめてしまったことによって、習慣が途絶えてしまうということはままあるだろう。1日10KM歩くということを習慣にしようとする場合、そのことにかかる時間や意志力や行動力は大きなものが求められる。この小さな習慣は、習慣づけることを目的としているので、行動自体は「ばかばかしいほどちいさなものでも良い」ということが前提となっている。ちりも積もればやまとなるというわけで、そういう習慣を続けていくことによって、いずれそれが大きな力になっていく。たとえば、本を全然読まないのと、本を毎日2ページ読むのとではけっこう変わってくる。たった2ページでも一か月後には60ページ。3か月後には100ページ近く。300ページくらいの本なら、9か月あれば1冊は必ず読める。1冊読むかどうかでは知識はそれほど変わらないという人もいるかもしれないが、10年経てば15冊となる。面白いのは、これは、達成ラインということだ。つまり、2ページ読むことよりもさらに読んでもいい、ということで、20ページ読んでも差し障りはない。むしろ、2ページだけでいいといわれても、つい6ページ、10ページと読んでしまう。ということで、場合によっては150冊読めるし、もちろんそれ以上という事もある。150冊読むのと0とではだいぶ違うだろう。こういう感じで、まずは習慣を作ることを大事にしているのは、良いなと思った。運動とか、いろんなことに生かせるので、応用力が高い。試してみてはどうだろうか!(*^_^*)https://www.amazon.co.jp/%E5%B0%8F%E3%81%95%E3%81%AA%E7%BF%92%E6%85%A3-%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%B4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AC..
本
ジョナサン
2018-02-26T20:10:41+09:00
なかなか面白かった。
習慣作りをすることによって、物事が良くなるという事がある。
人間の行動は、結構無意識の習慣によって行われていることが多く、
つまり、よい習慣をつけることによって、よい結果を得ることが可能となる。
とはいえ、習慣を作る途中に立ちはだかるのは、「途中でやめてしまう」ことだ。
面白いのは、途中でやめてしまうと、それまでの習慣的な活動が0までリセットされるというわけではなく、その活動に対する行動の意志力は、習慣づけようとする前よりははるかにスムーズになっていくらしい。
それでも、やめてしまったことによって、習慣が途絶えてしまうということはままあるだろう。
1日10KM歩くということを習慣にしようとする場合、
そのことにかかる時間や意志力や行動力は大きなものが求められる。
この小さな習慣は、習慣づけることを目的としているので、
行動自体は「ばかばかしいほどちいさなものでも良い」ということが前提となっている。
ちりも積もればやまとなるというわけで、
そういう習慣を続けていくことによって、いずれそれが大きな力になっていく。
たとえば、本を全然読まないのと、本を毎日2ページ読むのとではけっこう変わってくる。
たった2ページでも一か月後には60ページ。
3か月後には100ページ近く。300ページくらいの本なら、
9か月あれば1冊は必ず読める。
1冊読むかどうかでは知識はそれほど変わらないという人もいるかもしれないが、
10年経てば15冊となる。
面白いのは、これは、達成ラインということだ。
つまり、2ページ読むことよりもさらに読んでもいい、ということで、
20ページ読んでも差し障りはない。
むしろ、2ページだけでいいといわれても、つい6ページ、10ページと読んでしまう。
ということで、場合によっては150冊読めるし、もちろんそれ以上という事もある。
150冊読むのと0とではだいぶ違うだろう。
こういう感じで、まずは習慣を作ることを大事にしているのは、良いなと思った。
運動とか、いろんなことに生かせるので、応用力が高い。
試してみてはどうだろうか!(*^_^*)
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ではでは!
いろいろまとめ(^O^)
音楽(ピアノ)まとめ♪♪(*´▽`*)
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16
本まとめ(・x・ ).o0○
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絵まとめ〆(.. )カリカリッ!!
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赤いスパゲッティ
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2017-09-11
あれは、蒸し暑い夏の夜のことだった。僕は布団に入りながら、本を読んでいた。その本というのが何とも怪奇趣味で、友達に呼び出された男が、スパゲッティを食べるとそのまま赤いカニに変身してしまうというものだった。ホラーなのか、コメディーなのか・・・。ガチャン!急に、階段の下から何かが倒れるような音がした。びっくりした僕は、部屋を出ると、階段をおりていった。「なんだ?」パチッ。電気をつけてあたりを見渡すと、コップが倒れ割れていた。でも、どうして・・・。僕はガラスを片付ける始めた。床のあちこちに散らばってしまっている。「いたっ!」床のガラスをいつの間にか踏みつけて、わずかに足から血が出た。「ピロリローン」急に、携帯が光った。僕は、血をふくのも忘れて、携帯を見てみた。「久しぶり! いますっごい料理ができたんだけど、食べにこない?」まるおからのメールだった。まるお大学で時々会う友達で、今はお互い1人暮らしだ。すっごい料理・・・なんだろう?僕は急におなかがすいたような気がして、足の裏にバンドエイドを貼ると、まるおのすむ賃貸に向かった。「よお! まあはいれよ」まるおは何やら得意気だ。部屋の中から、なんだかおいしそうな匂いが漂っている。「何を作ったんだ?」「へへへ、まあ、そこに座った座った」僕は、むだにおしゃれな座布団にすわってまっていると、やがて料理が運ばれてきた。赤い・・・スパゲッティ・・・。「ほら、おいしそうだろ。さあ、食べようぜ」「・・・。」僕は、あの本のことを考えていた。友達に呼び出されて、スパゲッティをたべたら、そのままカニになった男・・・。「これ、なんのソース?」「もちろんトマトだ」(ふつうのトマトスパゲッティ・・・。そうだ。でも・・・。)僕はどうにも食べる気にならなかった。だが、まるおはさっさと皿に盛ってしまって、スパゲッティは目の前で湯気を立てている。「ん? どうした、たべないのか?」まるおは、はやくもスパゲッティをフォークでからめている。ここは機転を利かせないと。嘘も方便だ。「うん、そういえば、さっきスパゲッティを食べたんだ」「え? ほんとに?」「うん」「それってカルボナーラだろ?」「いや・・・。」「カルボナーラ!!」「え!?」「ははは」まるおは何がおかしいのか、パクッとスパゲッティを食べた。僕はその様子をじっと見ていた。何も変化はない。当たり前か・・・。僕はちょっとホッとした。「カルボナーラ!! それにしても、す..
未分類
ジョナサン
2017-09-11T20:35:47+09:00
僕は布団に入りながら、本を読んでいた。
その本というのが何とも怪奇趣味で、友達に呼び出された男が、スパゲッティを食べると
そのまま赤いカニに変身してしまうというものだった。
ホラーなのか、コメディーなのか・・・。
ガチャン!
急に、階段の下から何かが倒れるような音がした。
びっくりした僕は、部屋を出ると、階段をおりていった。
「なんだ?」
パチッ。
電気をつけてあたりを見渡すと、コップが倒れ割れていた。
でも、どうして・・・。
僕はガラスを片付ける始めた。
床のあちこちに散らばってしまっている。
「いたっ!」
床のガラスをいつの間にか踏みつけて、わずかに足から血が出た。
「ピロリローン」
急に、携帯が光った。
僕は、血をふくのも忘れて、携帯を見てみた。
「久しぶり! いますっごい料理ができたんだけど、食べにこない?」
まるおからのメールだった。まるお大学で時々会う友達で、今はお互い1人暮らしだ。
すっごい料理・・・なんだろう?
僕は急におなかがすいたような気がして、足の裏にバンドエイドを貼ると、
まるおのすむ賃貸に向かった。
「よお! まあはいれよ」
まるおは何やら得意気だ。部屋の中から、なんだかおいしそうな匂いが漂っている。
「何を作ったんだ?」
「へへへ、まあ、そこに座った座った」
僕は、むだにおしゃれな座布団にすわってまっていると、やがて料理が運ばれてきた。
赤い・・・スパゲッティ・・・。
「ほら、おいしそうだろ。さあ、食べようぜ」
「・・・。」
僕は、あの本のことを考えていた。友達に呼び出されて、スパゲッティをたべたら、
そのままカニになった男・・・。
「これ、なんのソース?」
「もちろんトマトだ」
(ふつうのトマトスパゲッティ・・・。そうだ。でも・・・。)
僕はどうにも食べる気にならなかった。
だが、まるおはさっさと皿に盛ってしまって、スパゲッティは目の前で湯気を立てている。
「ん? どうした、たべないのか?」
まるおは、はやくもスパゲッティをフォークでからめている。
ここは機転を利かせないと。嘘も方便だ。
「うん、そういえば、さっきスパゲッティを食べたんだ」
「え? ほんとに?」
「うん」
「それってカルボナーラだろ?」
「いや・・・。」
「カルボナーラ!!」
「え!?」
「ははは」
まるおは何がおかしいのか、パクッとスパゲッティを食べた。
僕はその様子をじっと見ていた。何も変化はない。当たり前か・・・。
僕はちょっとホッとした。
「カルボナーラ!!
それにしても、すごいって何がすごいんだ?ふつうのスパゲッティじゃないか」
「すごいっていうのは、この味さ。トマトのほかに、パプリカも入ってる」
(・・・それの何がすごいんだ?)
ぼくはそういいたいのをぐっとこらえて、一口食べた。
「どうだ?」
「・・・うまいよ」
「ほらな!」
友人は得意そうだ。
ところが、その途端、友人の体が急に縮み始めた。
「え!?」
気づけば、テーブルの上には、二匹のエビが向かい合っていた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お久しぶりです。
皆さんお元気でしたでしょうか!?
暑い日が続きますね。
台風などにも気をつけてくださいね。
久しぶりに、お話を作ってみました。
即興話です笑
そんなにこわくありませんので、どうぞ!(?)(^_^)
感想などあればコメントにどうぞ。
ではでは!
いろいろまとめ(^O^)
音楽(ピアノ)まとめ♪♪(*´▽`*)
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脱力について
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2017-03-07
ピアノの、脱力といわれる、技術というか状態について、思うところをはなしてみようと思います。ピアノでは、脱力という事が重要視されています。力を抜くというか、肩の力を抜くという、あれですね。笑音楽家では、ショパンとかは、柔らかさというか、力の入っていない状態での演奏を重要視していたらしいです。(らしい。本当のところはちゃんと色々調べないと、何分昔のことなのでわかりません。てへ。)スポーツでも、結構脱力って重要視されてるんじゃないかなあ。例えば、マラソンとか、弓道とか?さて、この脱力という言葉、言葉だけ見ると、いかにもおかしいんですよね笑脱力って笑少し考えればわかりますが、完全に力が抜けていたのでは、指は動かない。というか、何も動かないわけですよね笑指を動かしたり、運動するときに足を動かす際には、必ず力を使っている。弓道で、弓を絞っているのに力を使っていないというのはありえないわけです。でも、脱力というのは大事で、要するに「余分な」力を一切使わないという事なんじゃないかな、と解釈しています。(違う意見があれば、是非コメントで!伺いたいですヽ(^。^)ノ)つまり、緊張しない。力を込めない。洗練されているということ。岩波書店の「日本の弓術」なんか読むと、そういう感じが伝わってきます。弓道だと、弓を絞っているんだけど、すごく安定していて、無駄な力が入っていない。何が言いたいかというと、つまり、脱力=緊張の取れている状態かつ安定した状態ということなのではないか、という、まあそれだけなんですけどね笑風邪とかで、本当にしんどい時、無駄な動きをしませんよね。余分な動きをせずに、最低限の動作で行動する。その時、緊張感が取れていて、気持ち的には楽な状態で、でもしっかりと行動しているわけです。この、脱力っていうのは、結構大事だなって最近感じてます。これを、日常生活にも生かしたほうがいいと思う。つまり、力を抜く。いや、全部抜いちゃだめですよ?笑脱力って変な言葉だなあ笑まあ、緊張しないようにするっていう事ですね。余分な力を入れない。実は、これがベストなパフォーマンスなんじゃないかなあと、思うわけです。緊張せず、洗練された動きで、的確に。こういうのがいいなって思います!ではでは!いろいろまとめ(^O^)音楽(ピアノ)まとめ♪♪(*´▽`*)http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16本..
ピアノ
ジョナサン
2017-03-07T20:19:12+09:00
ピアノの、脱力といわれる、技術というか状態について、
思うところをはなしてみようと思います。
ピアノでは、脱力という事が重要視されています。
力を抜くというか、肩の力を抜くという、あれですね。笑
音楽家では、ショパンとかは、柔らかさというか、力の入っていない状態での演奏を
重要視していたらしいです。
(らしい。本当のところはちゃんと色々調べないと、何分昔のことなのでわかりません。てへ。)
スポーツでも、結構脱力って重要視されてるんじゃないかなあ。
例えば、マラソンとか、弓道とか?
さて、この脱力という言葉、言葉だけ見ると、いかにもおかしいんですよね笑
脱力って笑
少し考えればわかりますが、完全に力が抜けていたのでは、指は動かない。
というか、何も動かないわけですよね笑
指を動かしたり、運動するときに足を動かす際には、必ず力を使っている。
弓道で、弓を絞っているのに力を使っていないというのはありえないわけです。
でも、脱力というのは大事で、要するに「余分な」力を一切使わないという事
なんじゃないかな、と解釈しています。
(違う意見があれば、是非コメントで!伺いたいですヽ(^。^)ノ)
つまり、緊張しない。力を込めない。洗練されているということ。
岩波書店の「日本の弓術」なんか読むと、そういう感じが伝わってきます。
弓道だと、弓を絞っているんだけど、すごく安定していて、無駄な力が入っていない。
何が言いたいかというと、つまり、脱力=緊張の取れている状態
かつ安定した状態
ということなのではないか、という、まあそれだけなんですけどね笑
風邪とかで、本当にしんどい時、無駄な動きをしませんよね。
余分な動きをせずに、最低限の動作で行動する。
その時、緊張感が取れていて、気持ち的には楽な状態で、でもしっかりと行動しているわけです。
この、脱力っていうのは、結構大事だなって最近感じてます。
これを、日常生活にも生かしたほうがいいと思う。
つまり、力を抜く。
いや、全部抜いちゃだめですよ?笑
脱力って変な言葉だなあ笑
まあ、緊張しないようにするっていう事ですね。
余分な力を入れない。
実は、これがベストなパフォーマンスなんじゃないかなあと、思うわけです。
緊張せず、洗練された動きで、的確に。
こういうのがいいなって思います!
ではでは!
いろいろまとめ(^O^)
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本まとめ(・x・ ).o0○
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文鳥まとめ(^ω^*)))
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溺れる者は藁をもつかむ
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2016-12-21
最近気になっているというか、気に入っているというか、きになっていることわざ。溺れる者はわらをもつかむ案ずるより産むが安し窮すれば通ずこの三つ。中でも昨日気になったのは、溺れる者はわらをもつかむ。この、溺れる者はわらをもつかむ、というのは、言葉の通り溺れかけているものは、わらなんかつかんでも仕方ないのに、わらをつかむ。というふうな解説ですよね。溺れる者は藁をも掴むとは、人は困窮して万策尽きたとき、まったく頼りにならないものにまで必死にすがろうとするというたとえ・・・と、まあ、そういうことですね。興味深いのは、これは、真理だなぁ・・・と思うわけです。だいたい、わらをつかんでしまう。でも、僕はその藁をつかむ溺れる人が大好きなんです。笑いやあ、こんなこと言うと、サディスティックだなとか思われそうだけど、そうじゃなくてなんか、必死なところが好きで。窮鼠猫をかむと、ちょっと似ている。普段は、逃げてばっかりいるのに、いざという時には強大な猫に立ち向かうねずみ。かっこいいよね。じゃあ、窮鼠猫を噛むが好きでいいじゃない、とかつっこまれそうだけど笑それでいいです、はい笑まあ、この溺れる者はわらをつかむ、でいうと、普通はわらなんかつかまないわけですね、人は。普通は、わらをつかんだってどうしようもないってわかっているから、溺れた時にしかつかもうとはしない。ねずみはいつも猫から逃げてて。だけど、わらはそこにあって。(あるのか?)いつもそばで、わらっていて。(!?)・・・・。うひ!笑おぼれても、わらをつかもうとしない人も、いると思うんです。そういう人は、ああ・・・。なんというか・・・。僕が好きなのは、溺れた時に、わらをつかむ人だ。藁をつかもうとする彼らの必死さが、潔くて好きだ。猫に食われそうなとき、ただ襲われるのを待ってるんじゃなくて、たちむかうネズミが好きだ。そういう、窮地に陥った時に、ちゃんと藁をつかもうとする人間であれるかは、結構大事だと思う。この必死さ。切なさ。好きだな。例えば、お気にされたらすみません、自分ががんだったとして、ガン申告された時に、初めて生命のありがたさがわかる。心から生きているということを感じられる。自分ががんであっても、そう申告されるまでは、のほほんと生きてるわけで。それは、必死じゃないという事で。そこには、熱いものがなく。溺れて初めて、生きたいと願う。ねこたちに囲まれて、はじめて勇気を振り絞れる。そういうことは..
未分類
ジョナサン
2016-12-21T17:53:19+09:00
溺れる者はわらをもつかむ
案ずるより産むが安し
窮すれば通ず
この三つ。
中でも昨日気になったのは、溺れる者はわらをもつかむ。
この、溺れる者はわらをもつかむ、というのは、
言葉の通り
溺れかけているものは、わらなんかつかんでも仕方ないのに、わらをつかむ。
というふうな解説ですよね。
溺れる者は藁をも掴むとは、人は困窮して万策尽きたとき、まったく頼りにならないものにまで必死にすがろうとするというたとえ・・・と、まあ、そういうことですね。
興味深いのは、これは、真理だなぁ・・・と思うわけです。
だいたい、わらをつかんでしまう。
でも、僕はその藁をつかむ溺れる人が大好きなんです。笑
いやあ、こんなこと言うと、サディスティックだなとか思われそうだけど、
そうじゃなくて
なんか、必死なところが好きで。
窮鼠猫をかむと、ちょっと似ている。
普段は、逃げてばっかりいるのに、いざという時には強大な猫に立ち向かうねずみ。かっこいいよね。
じゃあ、窮鼠猫を噛むが好きでいいじゃない、とかつっこまれそうだけど笑
それでいいです、はい笑
まあ、この溺れる者はわらをつかむ、でいうと、
普通はわらなんかつかまないわけですね、人は。
普通は、わらをつかんだってどうしようもないってわかっているから、溺れた時にしかつかもうとはしない。
ねずみはいつも猫から逃げてて。
だけど、わらはそこにあって。(あるのか?)
いつもそばで、わらっていて。(!?)
・・・・。うひ!笑
おぼれても、わらをつかもうとしない人も、いると思うんです。
そういう人は、ああ・・・。なんというか・・・。
僕が好きなのは、溺れた時に、わらをつかむ人だ。
藁をつかもうとする彼らの必死さが、潔くて好きだ。
猫に食われそうなとき、ただ襲われるのを待ってるんじゃなくて、たちむかうネズミが好きだ。
そういう、窮地に陥った時に、ちゃんと藁をつかもうとする人間であれるかは、結構大事だと思う。
この必死さ。
切なさ。
好きだな。
例えば、お気にされたらすみません、自分ががんだったとして、
ガン申告された時に、初めて生命のありがたさがわかる。
心から生きているということを感じられる。
自分ががんであっても、そう申告されるまでは、のほほんと生きてるわけで。
それは、必死じゃないという事で。
そこには、熱いものがなく。
溺れて初めて、生きたいと願う。
ねこたちに囲まれて、はじめて勇気を振り絞れる。
そういうことは、確かにある。
そうでないのがいい。
最初っから気づいているのがいい。
でも、人間ってどうしても、そういうところがある。
安全だと、安心してしまう。
自分を危険にさらすことで、緊張感と行動力が生まれるという事がある。
自分が、どれだけねこたちに囲まれていると認識できるか。
自分が、どれだけおぼれそうだと認識できるか。
そういうことが、とても大事。
だって、溺れないと、わらをつかめないわけでしょ?
そこに藁があるってことも気づかず、見捨てる。
猫に囲まれないと、勇気を振り絞れない、ねずみ。
猫がいて、どこにも逃げ場がないから、勇気が出る。
猫がいなければ、逃げる筋力を使わず、たちむかう牙も使わない。
猫がいるから逃げられる、たちむかえる。
問題があるから、解決できる。
問題がないと、解決はできない。
最初っからマルタでもういていれば、それにつかまっているのが楽だし安全かもしれない。
いかだが浮いていれば、自分の力で泳がなくて済む。
そういう切り抜け方も大事だろう。
だけど、その筏だって、いつしずむかわからない・・・と考えているかどうかで、
いかだに対する思いや接し方、のりかたは変わってくる。
筏や船に乗っていてもいいかもしれない。真剣であれば。
例えば、ヨットで太平洋を横断しようとする人は、船に乗っていても覚悟があると思う。
でも、そうじゃなく、まわりに丸太もないときは、
わらをつかむおぼれるものでありたい。
猫に囲まれた時は、かみつきたいね!(・∀・」」)
よくわからないけど、まあ、そういう感じ笑
ではでは!
いろいろまとめ(^O^)
音楽(ピアノ)まとめ♪♪(*´▽`*)
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16
本まとめ(・x・ ).o0○
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16-1
文鳥まとめ(^ω^*)))
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-1
絵まとめ〆(.. )カリカリッ!!
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-2
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ハリーポッターのすごさ みたいなもの ψ(*`ー´)ψ ゥヶヶ
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2016-10-25
ハリーポッターのすごさ みたいなものについて 書いてみようかな?映画化もされ、本が出てだいぶたつので、この記事は大いにネタバレしています笑 注意! 大いにネタバレしています!!うん、いいだろ笑さて、今回取り上げるのは、三巻。はりぽたとアズカバンの囚人だ。三巻では、ねず公が大活躍?しましたね笑一巻、二巻,三巻まであって、ここにきて、ローリングがすごい作家であるということを一巻で思い知ったのに、二巻、三巻でさらに思い知ることになりましたよね。何にッ焦点を当てるかというと、伏線。伏線がすごいのだッ!!!いや、ほんと。ほんと、ほぼそれだけを言うためだけの記事になりそう笑何がすごいかっていうと、伏線なんだけど、いろいろと伏線があるよね。ねずみかくれんぼぼうしき(ネズミ関連)時間逆転装置みたいな時計 逆転時計だったかな。まあ、いちばんすごいのは、ねずみ関連だよね笑何がすごいかっていうと、もう、ちゃんと組み立てちゃってるってこと。普通なら、一巻で、ねずみがおっさんだなんて思いながら書かない。でも、ローリングは、すべて計算してるんだよね。計算高い女だよ笑計算しているというか、「構築している」といった方が正しいかな。物語はもう構築されている。設定されている。そして、一番の見せ場が何か、ローリング氏は心得ている。すごいよね。一巻の段階で、心得ちゃってるんだからね。おじさんがねずみで、いやいや、ねずみがおじさんで、それが物語を爆発的に面白くするってことに。しかも、もう構築しちゃってるんだから、矛盾みたいなものはほとんど入り込むすきがない。完成されている、あるいは、洗練されている。さて、何がすごいといっているかというと、ねずみがおじさんだったことがすごいってことなんです。そして、そのねずみは、実はハリーの命を狙っているっていう事。でも、そのネズミは、ハリーが一年生、二年生の間手を出さなかった。それは、れいのあの人が復活していなかったからだ。復活もしていないもののために、犠牲を払う人間でないおじさん。そして、復活したと同時に、手土産を作ろうとするおじさん。だから、ハリーのそばにいてもだれも殺そうとしないおじさん。すごいよね。説得されちゃうよね笑うん、その通り!って、思うもんねえ。でも、これは、ハリーを殺さないために、人物を設計しているといえる。これが、あの四巻で活躍したまっどな兄さんだったら、そうはいかないですものね。あくまで、利己的で小..
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ジョナサン
2016-10-25T23:50:32+09:00
映画化もされ、本が出てだいぶたつので、
この記事は大いにネタバレしています笑
注意! 大いにネタバレしています!!
うん、いいだろ笑
さて、今回取り上げるのは、三巻。
はりぽたとアズカバンの囚人だ。
三巻では、ねず公が大活躍?しましたね笑
一巻、二巻,三巻まであって、ここにきて、ローリングがすごい作家であるということを
一巻で思い知ったのに、二巻、三巻でさらに思い知ることになりましたよね。
何にッ焦点を当てるかというと、伏線。
伏線がすごいのだッ!!!
いや、ほんと。ほんと、ほぼそれだけを言うためだけの記事になりそう笑
何がすごいかっていうと、伏線なんだけど、いろいろと伏線があるよね。
ねずみ
かくれんぼぼうしき(ネズミ関連)
時間逆転装置みたいな時計 逆転時計だったかな。
まあ、いちばんすごいのは、ねずみ関連だよね笑
何がすごいかっていうと、もう、ちゃんと組み立てちゃってるってこと。
普通なら、一巻で、ねずみがおっさんだなんて思いながら書かない。
でも、ローリングは、すべて計算してるんだよね。
計算高い女だよ笑
計算しているというか、「構築している」といった方が正しいかな。
物語はもう構築されている。
設定されている。
そして、一番の見せ場が何か、ローリング氏は心得ている。
すごいよね。
一巻の段階で、心得ちゃってるんだからね。
おじさんがねずみで、いやいや、ねずみがおじさんで、それが物語を爆発的に面白くするってことに。
しかも、もう構築しちゃってるんだから、矛盾みたいなものはほとんど入り込むすきがない。
完成されている、あるいは、洗練されている。
さて、何がすごいといっているかというと、ねずみがおじさんだったことがすごいってことなんです。
そして、そのねずみは、実はハリーの命を狙っているっていう事。
でも、そのネズミは、ハリーが一年生、二年生の間手を出さなかった。
それは、れいのあの人が復活していなかったからだ。
復活もしていないもののために、犠牲を払う人間でないおじさん。
そして、復活したと同時に、手土産を作ろうとするおじさん。
だから、ハリーのそばにいてもだれも殺そうとしないおじさん。
すごいよね。説得されちゃうよね笑
うん、その通り!って、思うもんねえ。
でも、これは、ハリーを殺さないために、人物を設計しているといえる。
これが、あの四巻で活躍したまっどな兄さんだったら、そうはいかないですものね。
あくまで、利己的で小心者じゃないと、殺さないという設定にはならない。説得できない。
だから、ローリングさんが一番重要視したのは、物語の面白さであるという事。
つまり、物語展開、物語場面であるという事が、ここからうかがい知れますね。
どういう事かというと、あのおじさんがネズミであったがために、もうひとりの、ちゃんとした犬のおじさんと
ネズミのおじさんを、読者は勘違いすることができるわけなんですね。
そして、そのかんちがいが、大きく解かれていく。
しかも、その真犯人は、ずっと身近にいた!
これで、びっくりしないほうがどうかしてますよね笑
すっごい効果的なんですよ。
ねじ曲がっていたのが正しくなるっていうのは、すっごくすっきりする。
しかもしかも、そこには驚きがある。
さらには、今後、犬のおじさんと暮らせるかもしれないという喜びもある。
しかも、逆転時計で(ここもかなりすごく緻密に計算してうまくいくように設定されている)
自分の手で、それを達成できるかもしれないという高揚感!
すっごいねえ、ローリングさん。
すごい、すっごいよ笑
やっぱり、物語を持って行っている。
面白い場面に向かって。
謎が解けるという事、そして、意外性、希望、カタルシスが全てつまっている。
いろいろあるんだけど、今日はこの辺にしときます笑
三巻のすごさ、ちょっとでも伝えられたらなあと思いました。^O^
そんなんしってる!っていう人、・・・・・ごめんネ♡
良かったらこちらも読んでね笑
ハリーポッター① JKローリングの武装解除呪文にかける願い
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2014-08-05-1
ポッケは寒くなってきたにもかかわらず、水浴びしとります笑 かわいいね。
元気です。かわいいです。
ではではではでは、今回はこの辺で!!
いろいろまとめ(^O^)
音楽(ピアノ)まとめ♪♪(*´▽`*)
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16
本まとめ(・x・ ).o0○
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16-1
文鳥まとめ(^ω^*)))
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-1
絵まとめ〆(.. )カリカリッ!!
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-2
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物事を行う促進力、物事を行わない抑止力
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2016-09-03
物事をやったりやらなかったりするには、一つには、理解しているという事と、もう一つには、感じているという事がある。どういうことかというと、たとえば、塀の上を歩く少年。塀の上を歩く少年と、塀の上は歩かない少年。この二人のちがいはなんだろうか。Aは、塀の上を歩いても平気だと考えている(理解している)違う言い方をすれば、おちたら危ないだろうとは理解していない。つまり、塀からは落ちないだろうと理解している。また、塀の上をあるいている時、怖さを感じず、むしろ平気だと感じている。Bは、塀の上を歩くと、おちたら危ないという事を理解している。こういうことが、二人の少年の行動のちがいとして現れると考えられるだろう。つまり、理解しているかということと、感じているかという事だ。だが、これにも段階がある。まず、理解するという事と、そして、それから、感じるという事だ。例えば、今にも塀の上を平気で歩こうとしている少年A。この少年Aは、塀の上を歩くのは平気だろう、と「考えている」。そして、塀の上にのぼる。まだ平気だ。ところが、塀の上に立って、一歩二歩歩いたところで、塀の幅があまりにも狭く、ここを歩くのはあぶないと「感じる」とするすると、その少年Aは、塀をおり、もう塀の上は歩かず、塀の横に沿って歩くようになるだろう。つまり、塀の上を歩いてみて、危険だと「感じた」ことによって、塀の上はおちたら危ないからちゃんと地面を歩こう、と「考えた」わけである。このように、物事を促進したり、抑止したりするのには、二つのファクター、つまり考えることと感じることの二つが存在するといえるだろう。さて、塀の上を歩かなかったB。Bは、友達に促されて、塀の上にのぼったとする。すると、持ち前の平衡感覚が発揮され、塀の上を平気で歩くようになるとする。この場合は、Bは、塀の上を歩くことは危ないかもしれないが、歩きたいと「感じ」それによって、塀の上は歩けると考えるわけである。このことから考えると、物事をやめようとするときは、考えているだけではだめだという事がわかる。実際、Bは塀の上を歩くのは危ないと考えているにもかかわらず、歩くのが楽しいと感じるというだけで歩くのをやめられない、という状態に陥る。大げさな例で言えば、麻薬、アルコール、タバコ、パチンコなどのギャンブル、など・・・。これらは、本人が辞めたいと思っているにもかかわらず、「楽しい」とか、「勝ちたい」と感じることによってや..
未分類
ジョナサン
2016-09-03T22:27:19+09:00
物事をやったりやらなかったりするには、一つには、理解しているという事と、もう一つには、感じているという事がある。
どういうことかというと、たとえば、塀の上を歩く少年。
塀の上を歩く少年と、塀の上は歩かない少年。
この二人のちがいはなんだろうか。
Aは、塀の上を歩いても平気だと考えている(理解している)
違う言い方をすれば、おちたら危ないだろうとは理解していない。
つまり、塀からは落ちないだろうと理解している。
また、塀の上をあるいている時、怖さを感じず、むしろ平気だと感じている。
Bは、塀の上を歩くと、おちたら危ないという事を理解している。
こういうことが、二人の少年の行動のちがいとして現れると考えられるだろう。
つまり、理解しているかということと、感じているかという事だ。
だが、これにも段階がある。
まず、理解するという事と、そして、それから、感じるという事だ。
例えば、今にも塀の上を平気で歩こうとしている少年A。
この少年Aは、塀の上を歩くのは平気だろう、と「考えている」。
そして、塀の上にのぼる。まだ平気だ。
ところが、塀の上に立って、一歩二歩歩いたところで、塀の幅があまりにも狭く、
ここを歩くのはあぶないと「感じる」とする
すると、その少年Aは、塀をおり、もう塀の上は歩かず、塀の横に沿って歩くようになるだろう。
つまり、塀の上を歩いてみて、危険だと「感じた」ことによって、塀の上はおちたら危ないから
ちゃんと地面を歩こう、と「考えた」わけである。
このように、物事を促進したり、抑止したりするのには、二つのファクター、
つまり考えることと感じることの二つが存在するといえるだろう。
さて、塀の上を歩かなかったB。
Bは、友達に促されて、塀の上にのぼったとする。
すると、持ち前の平衡感覚が発揮され、塀の上を平気で歩くようになるとする。
この場合は、Bは、塀の上を歩くことは危ないかもしれないが、歩きたいと「感じ」それによって、
塀の上は歩けると考えるわけである。
このことから考えると、物事をやめようとするときは、考えているだけではだめだという事がわかる。
実際、Bは塀の上を歩くのは危ないと考えているにもかかわらず、歩くのが楽しいと感じるというだけで
歩くのをやめられない、という状態に陥る。
大げさな例で言えば、麻薬、アルコール、タバコ、パチンコなどのギャンブル、など・・・。
これらは、本人が辞めたいと思っているにもかかわらず、「楽しい」とか、「勝ちたい」と感じることによって
やめられないという状況に陥ってしまう例である。
たとえば、健康は大事だと考える。
多くの人が、健康は大事だと考えている。
それにもよらず、運動不足、むやみな飲食、不摂生、これらはなぜ起こるのか。
考えるという段階では成功していても、感じるという段階で、本当に健康の大事さを感じ取れていないことに
他ならないのではないだろうか。
考えるという事、それから、感じるという事。
理想的な姿になるには、健康の大事さを身に染みて感じればいいということだろう。
他にも、生の短さは良く僕は考える。
そういうことを念頭に置いて、理想的な姿をめざし、それが大事だと考え、感じられるような体験を積むこと。
これが大事なんじゃないだろうかと、ふと思った。
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ゴーシュの孤独
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2016-08-11
セロ弾きのゴーシュゴーシュは孤独だ。ゴーシュは最初弾けなくて孤独で弾けるようになったら、また孤独になった。逸脱することは、孤独であるという事であり、結局ゴーシュは孤独なのだ。
未分類
ジョナサン
2016-08-11T21:13:51+09:00
ゴーシュは孤独だ。
ゴーシュは最初弾けなくて孤独で
弾けるようになったら、また孤独になった。
逸脱することは、孤独であるという事であり、
結局ゴーシュは孤独なのだ。
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様々な確率 確率論的な考え方
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2016-06-30
お久しぶりです。今回は、確率論的な考えに基づく行動、みたいなことにふれてみたいと思います。さて、宝くじ。当たりますか?当たりませんよね笑でも、ビンゴだったら当たる?当たるかもしれませんね笑かみなりに打たれる確率は、どれくらいでしょうか?バッターがヒットを打つ確率は?列車が横転する確率は?飛行機が墜落する確率は?サメに襲われる確率は?告白してふられる確率は?インフルエンザに感染する確率は?プロボウラーがパーフェクトを達成する確率は?世の中には様々な確率がありますね。すべて「うまくいくかどうかわからない」「実際に起こるかどうかわからない」という点を持つものなら、確率は存在するでしょう。しかし、それらにはすべて程度があり、「確率の高いもの」と、「確率の低いもの」が存在するといえるでしょう。例えば、宝くじが当たる確率は、4等でも10000分の一です。10000枚買ってやっと、当たることが保証されるわけなんです。1等なら1000万分の一であります笑ビンゴなら、10球出てビンゴになる確率が、10パーセントほどらしいです。飛行機が墜落する確率は、20万分の一様々な確率が存在します。面白いことに、この確率が存在するというところには、同時に、心配というものが存在すると思えます。例えば、雷。雷に打たれたらどうしようと、一度は心配された方も多いのではないでしょうか?雷に打たれたら、死ぬかもしれない。大けがするかもしれない。大雨にあって、近くで雷が落ちた。おちたらどうしよう。そういうところから、雷が怖い、という気持ちが生まれているといえるでしょう。サメについても、同様のことが言えます。ジョーズなんかで、やたらと恐怖心をあおられて、海に行ったらサメがいる、ということを強く意識した人は多いでしょう。そして、もし食べられたらどうしよう、おそわれたら・・・などと想像を膨らませて笑恐怖に陥ることは良くあることだと思います。飛行機恐怖症もそうです。実際に、落ちるかもしれないからという理由で乗らない人もいます。でも、その確率は、非常に低いものであるのは、間違いありません。サメは、ふつう沖合にいますから、浅いところで泳ぐ分には、襲われるという事はまずないでしょう。むしろ、クラゲ、オコゼ、ウニやガンガゼを踏むことによる被害の方が大きいはずです。飛行機で言うと20万分の一ですし、雷に至っては、なんと宝くじ一等に当たる1000万分の一という低確率になっていま..
未分類
ジョナサン
2016-06-30T18:55:27+09:00
今回は、確率論的な考えに基づく行動、みたいなことにふれてみたいと思います。
さて、宝くじ。
当たりますか?
当たりませんよね笑
でも、ビンゴだったら当たる?
当たるかもしれませんね笑
かみなりに打たれる確率は、どれくらいでしょうか?
バッターがヒットを打つ確率は?
列車が横転する確率は?
飛行機が墜落する確率は?
サメに襲われる確率は?
告白してふられる確率は?
インフルエンザに感染する確率は?
プロボウラーがパーフェクトを達成する確率は?
世の中には様々な確率がありますね。
すべて「うまくいくかどうかわからない」「実際に起こるかどうかわからない」という点を持つものなら、確率は存在するでしょう。
しかし、それらにはすべて程度があり、「確率の高いもの」と、「確率の低いもの」が存在するといえるでしょう。
例えば、宝くじが当たる確率は、4等でも10000分の一です。
10000枚買ってやっと、当たることが保証されるわけなんです。
1等なら1000万分の一であります笑
ビンゴなら、10球出てビンゴになる確率が、10パーセントほどらしいです。
飛行機が墜落する確率は、20万分の一
様々な確率が存在します。
面白いことに、
この確率が存在するというところには、同時に、心配というものが存在すると思えます。
例えば、雷。
雷に打たれたらどうしようと、一度は心配された方も多いのではないでしょうか?
雷に打たれたら、死ぬかもしれない。大けがするかもしれない。
大雨にあって、近くで雷が落ちた。おちたらどうしよう。
そういうところから、雷が怖い、という気持ちが生まれているといえるでしょう。
サメについても、同様のことが言えます。
ジョーズなんかで、やたらと恐怖心をあおられて、海に行ったらサメがいる、ということを
強く意識した人は多いでしょう。
そして、もし食べられたらどうしよう、おそわれたら・・・などと想像を膨らませて笑
恐怖に陥ることは良くあることだと思います。
飛行機恐怖症もそうです。
実際に、落ちるかもしれないからという理由で乗らない人もいます。
でも、その確率は、非常に低いものであるのは、間違いありません。
サメは、ふつう沖合にいますから、浅いところで泳ぐ分には、襲われるという事はまずないでしょう。
むしろ、クラゲ、オコゼ、ウニやガンガゼを踏むことによる被害の方が大きいはずです。
飛行機で言うと20万分の一ですし、雷に至っては、なんと宝くじ一等に当たる1000万分の一
という低確率になっています笑
こういう風に、低確率のものは、本来心配する必要のないことのはずだといえるでしょう。
確率は、変動もします。
例えば、上で挙げたボウリングパーフェクトの確率は、素人とプロボウラーでは、格段に差が出てくるでしょう。
ゴルフのホールインワンも同様ではないでしょうか。
つまり、望ましい結果を求め、確率を上昇させ、
望ましくない結果を避けるために、確率を下げることは可能なのです。
飛行機は、昔はよく墜落していましたが、いまはかなり安全な乗り物となっています。
すごく確率が上昇したわけです。
そのためには、やはり、機体を安定させる技術や、離着陸を安定的に達成させること、
などが求められたはずです。
人間は、それを達成するために、「失敗を繰り返し」、技術を向上させてきたわけですね。
何事も、一朝一夕というわけにはいかないのは、間違いありません。
多くの失敗があればあるほど、それを生かし、技術を向上させ、安定した飛行につながる。
つまり、飛行の成功確率を上昇させることに成功したというわけだと思います。
なんにせよ、確率論的な考え方は、結構重要だと思います。
失敗すれば、確率を上昇させるために試行錯誤をすればよいという話であり、
その失敗は、確率がまだまだ低かったのだと考えて、それほど落ち込む必要のないことなのではないでしょうか。
むしろ、挑戦し、確率を上げることができる、伸び城があるという事ですね笑
受験勉強とか、ピアノの上達も、そういうことが言えるのではないかと思います。
ではでは、今回はこの辺で!!
いろいろまとめ(^O^)
音楽(ピアノ)まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16
本まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16-1
文鳥まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-1
絵まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-2
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17『水妖記(ウンディーネ)』 フーケ―著
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2016-05-31
ウンディーネ。水の精である。水の中に住んでいる妖精が、騎士と結婚し、そしてどうなったか・・・という物語この本は、読んでいて本当に切なくなった。ウンディーネは人間ではないが、人間ではないものとの結婚という、古くからあるテーマをモチーフにしている。注目していただきたいのは、ウンディーネの描写。人ならざるものであるゆえの魅力が、作者の手によって、克明に描かれている。人物で、僕は少し癖のある人が好きだ。ウンディーネは、まさにその典型だった。この本は、一人旅に行く行きと帰りに読んだのだけど、旅に花を添えてくれた。思い出深い一冊である。いろいろまとめ(^O^)音楽(ピアノ)まとめhttp://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16本まとめhttp://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16-1文鳥まとめhttp://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-1絵まとめhttp://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-2
本
ジョナサン
2016-05-31T21:56:18+09:00
ウンディーネ。水の精である。
水の中に住んでいる妖精が、騎士と結婚し、そしてどうなったか・・・という物語
この本は、読んでいて本当に切なくなった。
ウンディーネは人間ではないが、人間ではないものとの結婚という、古くからあるテーマをモチーフにしている。
注目していただきたいのは、ウンディーネの描写。
人ならざるものであるゆえの魅力が、作者の手によって、克明に描かれている。
人物で、僕は少し癖のある人が好きだ。ウンディーネは、まさにその典型だった。
この本は、一人旅に行く行きと帰りに読んだのだけど、旅に花を添えてくれた。思い出深い一冊である。
いろいろまとめ(^O^)
音楽(ピアノ)まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16
本まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16-1
文鳥まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-1
絵まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-2
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「山月記」個人的読解
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2016-04-03
今回は、山月記を取り上げたいと思います。なぜ、山月記なのか?・・・・・・・さあて、なぜなんでしょうね。(・_・ ) ( ・_・)キョロキョロこの山月記(中島敦著)、学生時代に読んだ時もなかなか興味深い内容だったんですが、改めて読み返すと、胸に来るものがあります(。-_-。)山月記は、簡単に言うと、賢いエリートが、自らの臆病な自尊心と尊大な羞恥心によりトラとなってしまった話です。もっとも、これは主人公李徴の解釈であり、それが本当であるかはわかりません。彼は、なぜ虎になったのか?いったい、李徴の心理とは、どういうものだったのか?虎になった李徴の考え方とは?今回は、そういうことに焦点を当てて、山月記を読み直したいと思います。まず、原文ですね。青空文庫(著作権切れ)で読めます。こちらです。http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/624_14544.html・・・さて、いかがだったでしょうか。李徴、すごいことになってしまったのだね・・・(ToT)さて、李徴を分析李徴の来歴若くして名を虎榜こぼうに連ね・・・若くして、科挙に合格しています。 ↓江南尉に補せられた・・・江南という地で、尉(官職)につく。兵事関係みたいです。 ↓官位を退職し、詩作にふける ↓文名が容易に揚がらず・・・・・・なかなか詩で有名にならない ↓己おのれの詩業に半ば絶望・・・自分の詩作(名声を得ること)に半分絶望してしまう ↓妻子の衣食のために遂ついに節を屈して再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずる・・・・・・妻子のために、ついにあきらめ、東の地で、一地方官職になる ↓一年の後、公用で旅に出、汝水じょすいのほとりに宿った時、遂に発狂した・・・旅の途中発狂してしまった・・・。李徴の性格(世界をどう認識しているかという事によって生まれる態度)李徴は、自分の賢さ、才能から、自分は偉いのだと感じています。名声を求めており、人より優れていると思われたいようです。そして、人に使われることをとても嫌っている。これは、臆病な自尊心と、尊大な羞恥心のなせる業だといっています。(人に使われるのは劣ったことだという認識に基づく自尊心と同時に、人に使われるのは恥ずかしいことだと考える羞恥心)また、このことにより、トラになったのではないかと自己分析しています。詳しく、「才能の不足を暴露するかも知れないと..
未分類
ジョナサン
2016-04-03T23:12:34+09:00
なぜ、山月記なのか?
・・・・・・・さあて、なぜなんでしょうね。(・_・ ) ( ・_・)キョロキョロ
この山月記(中島敦著)、学生時代に読んだ時もなかなか興味深い内容だったんですが、
改めて読み返すと、胸に来るものがあります(。-_-。)
山月記は、簡単に言うと、賢いエリートが、自らの臆病な自尊心と尊大な羞恥心によりトラとなってしまった話です。
もっとも、これは主人公李徴の解釈であり、それが本当であるかはわかりません。
彼は、なぜ虎になったのか?
いったい、李徴の心理とは、どういうものだったのか?
虎になった李徴の考え方とは?
今回は、そういうことに焦点を当てて、山月記を読み直したいと思います。
まず、原文ですね。青空文庫(著作権切れ)で読めます。
こちらです。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/624_14544.html
・・・さて、いかがだったでしょうか。
李徴、すごいことになってしまったのだね・・・(ToT)
さて、李徴を分析
李徴の来歴
若くして名を虎榜こぼうに連ね・・・若くして、科挙に合格しています。
↓
江南尉に補せられた・・・江南という地で、尉(官職)につく。兵事関係みたいです。
↓
官位を退職し、詩作にふける
↓
文名が容易に揚がらず・・・・・・なかなか詩で有名にならない
↓
己おのれの詩業に半ば絶望・・・自分の詩作(名声を得ること)に半分絶望してしまう
↓
妻子の衣食のために遂ついに節を屈して再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずる
・・・・・・妻子のために、ついにあきらめ、東の地で、一地方官職になる
↓
一年の後、公用で旅に出、汝水じょすいのほとりに宿った時、遂に発狂した・・・旅の途中発狂してしまった・・・。
李徴の性格(世界をどう認識しているかという事によって生まれる態度)
李徴は、自分の賢さ、才能から、自分は偉いのだと感じています。
名声を求めており、人より優れていると思われたいようです。
そして、人に使われることをとても嫌っている。
これは、臆病な自尊心と、尊大な羞恥心のなせる業だといっています。
(人に使われるのは劣ったことだという認識に基づく自尊心と同時に、人に使われるのは恥ずかしいことだと考える羞恥心)
また、このことにより、トラになったのではないかと自己分析しています。
詳しく、「才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡すべてだった」といっています。
才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧=自尊心が傷つくのを恐れる=臆病な自尊心
刻苦を厭う怠惰=思いっきりやっても、出来なかったらどうしよう(恥ずかしい)=尊大な羞恥心
こういうわけですね。
続けて、「己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。虎と成り果てた今、己は漸ようやくそれに気が付いた。それを思うと、己は今も胸を灼やかれるような悔を感じる。」
といっています。
ここを、どう理解すべきでしょうか?
臆病な自尊心と尊大な羞恥心により、詩作が思うようにいかなかった。
そして、才能がなくても、一生懸命詩と向き合い、詩を磨きあげたことで、すばらしい詩家になったものがいる。
ここまでは、すんなりいきます。
しかし、そのあとの「虎と成り果てた今、己は漸ようやくそれに気が付いた」
ここの「それ」は、何を指すのでしょうか?
自尊心と羞恥心により詩作がうまくいかなかった点でしょうか?
それとも、才能がないのに、頑張ったあげく素晴らしい詩人になったものがいくらでもいるという点でしょうか?
ここの個人的解釈は、おそらく、両方含んでいるんですが、注目すべきは
「頑張ったあげく素晴らしい詩人になったものがいくらでもいる」という発言を、李徴がしている点です。
ここに、李徴の自負心というか、競争心が見えているわけです。
詩というのは、本来、点数を出して競い合うような種類のものではないでしょう。
心に訴えかけるものがあればどんな詩も優れているのであり、この詩とその詩、どちらがより優れているかを競う「必要性」は本来ないわけです。
もちろん、競うという事もあるでしょうが、それを離れて詩を作るという事はいくらでもあるというか、むしろそちらが自然なように思えます。
そのことを踏まえず、李徴は、科挙のような競争心で詩作に臨んでいた。
だから、負けることを恐れていた。そして、負けるはずがないと思っていた。
しかも、だれよりも、抜きんでていたかったというわけですね。
李徴の目的は、確かに、優れた詩を作ろうという部分を含んでいました。
しかし、ただ優れた詩を作ろうという事よりも、他人との競争に勝ち、名声を得る点に李徴の詩作の重心があったと理解できます。
作中では、袁が
「成程なるほど、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処どこか(非常に微妙な点に於おいて)欠けるところがあるのではないか、と。」
と評していますが、おそらくこれは、李徴が競争を目的に、つまり、臆病な自尊心と尊大な羞恥心を持ちながら作ったものだからではないか・・・と、個人的には考えています。
しかし、この山月記は、非常に人間の心理を的確についているとおもいます。
まったく、こういう人間はたくさんいるし、ここまで度が過ぎていないというだけで、だれの心にもあるといって過言ではないかとすら思います・・・。
僕個人は、李徴、嫌いじゃないです笑
李徴にも、いいところはあると思うんです。
1、自負心があるところ
自分はできないとおもっているひとは、その時点でできません。
出来ると思っていることは、とても大事なことだと思います。
李徴は、現に、一流になりうる詩作をしていますので、それは、自分はできるという気持ちによるでしょう。
何もできないという風に考えて、何もしない人よりは、かなりいいんじゃないかと思います。
2、妻子のために、詩作をやめた
尤も、これは、自分の詩作に絶望を覚えたためとありますから、ちょっとネガチィブな感じはしますが
それでも、ある程度認められることでしょう。
妻子のことを慮る発言も、袁にしています。
李徴にとっては、詩作が第一義で、第二義が妻子だったという事なのでしょう。
それとも、それすら自尊心で、つまり、世間からどう思われるかきにして、結婚したんでしょうか。
そして、妻子のことを考えているふりをしていたんでしょうか・・・。
・・・自尊心という言葉から、ここまで疑って考えるのは、さすがに、李徴がかわいそうだと思いますね笑
たとえ自尊心からにせよ、妻子を思うという点は、良いと思います。
3、そうはいっても、詩作はがんばっていた
李徴を侮ってはいけないとおもいました笑。かなり優秀なのです。
若くして、科挙(しかも難しい方)に合格しているのですから、やれる男です。
官吏も、使われるのをがまんさえしていたら、かなり上の地位に付けていたのではと思います。
詩作についても、「おれは真剣にやらなかった」といっていますが、それは、李徴の「羞恥心故の自分への評価」です。
実際は、かなりやっている。
あれです、「テスト勉強全然やってない!やばい!」って言って、めちゃくちゃいい点数とる人と同じです笑ヾ(^-^;)
「曾て作るところの詩数百篇ぺん、固もとより、まだ世に行われておらぬ。」
これが本当かは、若干怪しいですが、以下に分けられます。
本当=かなり努力してる
さばを読んで100篇ほど=それでも結構書いてるんじゃない?
実は朗読した30篇のみ=数百編と比べたらちょっと少ないかもしれないけど、それでもすごい( ̄ー ̄)
確実なのは、30編は作っているという事
長短凡およそ三十篇、トラになっても暗記して朗読してますから、この暗記して朗読できるというのは、相当ですよね・・・笑
こういう風に見ると、李徴は、非常に惜しい人物というか、かなりもったいない逸材というわけですね・・・。
では、李徴はどうすればよかったのか?
ここからが(!)本題であります笑
今回は本格的笑
個人的な見解で、先ほど、動機がまずかったという事を述べました。
音楽でもよくあるんですが、コンクールとかに出るとすると、「ミスのない演奏」を求める気質があります。
コンクールは、「ミスなく」しかも、「ほかの人よりも優れている(と思われるような)演奏」が求められます。
そこで、ピアノを弾く人は、「ミスせず」「競争」しようとするわけです。
こういう時に、どういう心理が沸き起こるか。
失敗を恐れるわけですね。
そして、競争に負けることを恐れる。
そういう恐れから、演技が硬くなる。
のびのびとした表現ができない。
オリンピック選手なんかでも、よくそういう風になってると思います。
彼等は、その恐怖心をうまくコントロールしていたり、コントロールできず、自分が望む演技にならなかったり・・・・・・。練習に練習を重ねたオリンピック選手ですら、そういう心理状況になるわけです。
ピアノで言うと、演奏者は本来、美しい音色で、心に響くような演奏を求めていることが多いです。
そして、それを求めるごとに、流暢な指の動き、表現が実現されていきます。
確かに、美しい音色の連続というのは、ミスがなく、和音がきれいにそろっています。
でも、それは、「美しい演奏」を求めたからで、「ミスしたらだめだ」という気持ちから現れたものではないのです。
「ミスしたらだめだ」という気持ちから、「ミスをしない」という状況に達することは、もちろんあります。
それも、もちろんミスがないので結局、ある程度は美しいものになるのでしょうが、心に響くかどうか、は別問題になってくるのではないでしょうか。
そして、「ミスしまい」と思えば思うほど、表現が硬くなってしまうのではないでしょうか。
それが高じると、最悪、ミスが怖くて、弾けなくなるという状況までなるのでは・・・・・・。(:_;)
おそらく、李徴の詩作は、それと似たような状況になったのではないでしょうか。
あまりに羞恥心が強く、できないかもしれないということを認められなかった・・・。悲しいことです。
とはいえ、羞恥心、自尊心、それ自体は、そんなに悪いものではないと、僕は思います。
羞恥心がなければ、あまりにもあけっぴろげで、他人のことを考えない感じになるかもしれません。
自尊心がすこしもなければ、ちょっとも挑戦することができないのではないでしょうか。
そう考えた時に、では、どうすれば?という事なんですね。
最近、僕は巷で話題の、アドラー心理学を勉強していますが、アドラーは、フロイトのような原因論ではなく
目的論の立場をとります。
例えば、学校に行く前、おなかが痛くなる子供。こういう子は、登校時間がすぎ、
もう学校へ行けないというような電話をすると、ケロッと治っちゃうそうです笑
つまり、この子は、おなかがいたいから学校へ行けないのではなく
「学校へ行かないために、おなかをいたくしている」というわけなんですね。
アドラーの考えは、とてもしっくりくるものがあり、すごく賢い人だったのだなと感じています。
おすすめです!
さて、カフカの変身ってありましたよね。
芋虫に変身してしまう男の話です。
これは、どこか今回の山月記と似ていると思いませんか?
そう、変身です! へーんしん!(ノ◇≦。)
・・・すいません笑
変身しちゃってますよね、芋虫に。
この変身も、原因不明です。
ところが、アドラー流に考えると、確かに、なるほど!という事が見えます。
つまり、ザムザは、働きに行きたくなかった。
働かないですむようになるために芋虫になった。
こういうわけですね。
納得いきましたか?
個人的には、すっごく納得です笑
たしかに、ザムザはそんな感じでしたし、カフカ自身も、そんな感じだったらしいですもんね・・・。
まあ、納得いくかは個々人にもよりますけど、新しい視座を与えてくれることは確かだと思います。
さて、李徴はどうでしょうか。
先ほどの様に考えると、李徴は「詩作をすること(名声を得るための活動)から逃れるために虎になった」
という風に言えます。
本文を見てみましょう。
「己おのれの珠たまに非あらざることを惧おそれるが故ゆえに、敢あえて刻苦して磨みがこうともせず、
又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々ろくろくとして瓦かわらに伍することも出来なかった。」
李徴は、実際のところ、自分の心理に気づく0.001歩手前というところまでいっているとおもいます。
やはり、かなり賢いですね。
上の文はつまり、
「磨かれれば珠であるという事を信じておける状況を永続させるために磨かなかった」のであり、
「瓦に伍しない(平凡な人々に関わらないでいたい)ために、自分のものが珠であると信じていた」という事です。
そして、
「たとえ、今、己が頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよう」
というのは、
「私は虎になったので、発表しないですむ=発表しないでいれる(自分は珠だと信じていられる)ために
虎になった」という事なのでしょう。
かなりしっくりきます。
では、李徴の詩は、本当に珠ではなかったのでしょうか?
おそらく、磨けば一流のものになったのではないかと思います。
袁が認めるところでもあります。
また、
「己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、
堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。
虎と成り果てた今、己は漸ようやくそれに気が付いた。」と、李徴も言っています。
この文章は、前半はその通りでしょう。
しかし、後半の分が気になります。
「虎と成り果てた今、己は漸ようやくそれに気が付いた。」とありますが、
気づいたのは、本当に虎と成り果ててからなのでしょうか?
おそらく、賢い李徴のことだから、もう、だいぶ以前に気づいていたのではないかと思います。
でも、気づいたと認めてしまうと、それに向き合わなくてはならなくなる。
向き合うと、失敗するかもしれないという恐怖が襲う。
(この恐怖は、向き合うことを忌避するために生み出しているとまでは気づいていない)
そういう感じだと思います。
どうすれば、その恐怖を感じないようにできたか?
アドラー心理学から、考えてみたいと思います。
アドラーが、問題解決に向けて重要だと考えることは、他者への関心です。
そして、他者への認識を変えることが重要だと説きます。
具体的には、「私には、能力があると思う」ことと
「人々は、私の仲間だと思う」
という事です。
おそらく、李徴は激しい競争を経験して、「他者は敵だ」と認識していたんじゃないでしょうか。
他者への不信が根っこにあるのかもしれません。
また、「与えること自体よりも、受け取ること」を重視していたせいかもしれません。
つまり、賢い自分は、名声を手に入れるのが当り前だ、という考え方ですね。
詩で誰かを喜ばそうと思って作ったり、詩の優れた特性に関心を払って、そして、そこに重点を置いて
詩作にふけっていれば、自らを虎に変えうるまでの大きな羞恥心は生まれなかったのではないでしょうか。
もちろん、それでも、羞恥心があるという事はあるでしょう。一切なくなるというのは、難しいかもしれません。
でも、重点が代わるだけで、全然違ったアプローチができると思うんです。
つまり、「心に響く演奏」を求めて弾くのか
他人がミスを見張っているぞ!(みんなは敵だ!)と思って弾くのか。
また、他者もまた、賢くありうるし、価値のあることをしていると考えれば、
自分だけが特別優秀だと思いこむこともなかったのではと思います。
悲しい結末になってしまった山月記の李徴ですが、
その姿を心にとどめ、「どうすれば、その問題は解決されるか」を考え暮らしていきたいと思います。
あ・・・・・。
ポッケは元気!うひっ!( ̄∇ ̄*)
私はこう思う、など、コメントいただけると嬉しいです
動画はこちら
https://www.youtube.com/watch?v=eIxM4ubCr-c&t=16s
いろいろまとめ(^O^)
音楽(ピアノ)まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16
本まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16-1
文鳥まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-1
絵まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-2
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いつのまにか三月・・・!?
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2016-03-17
いつの間にか三月とか、きいていないんですが・・・・・・。どういうことなんでしょう!?笑あっちゅーますぎます。いつの間にか、更新を忘れていました。https://youtu.be/wN8-MkeBB0g?list=PLMuGDKCPSloxw3b94ZhOvXJum_HUo9Gr5きょねんの今頃は、この曲を練習してました。アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ練習をまたしようって感じですね。色々なことがありましたが、振り返ってばかりいてもしかたがないので、特に振り返らず、前を向いて歩いていこうと思います、いい意味で笑ふり返らない勇気ヽ(^。^)ノそのうちちゃんと更新しますので、今回はこの辺で笑
未分類
ジョナサン
2016-03-17T17:58:40+09:00
どういうことなんでしょう!?笑
あっちゅーますぎます。
いつの間にか、更新を忘れていました。
https://youtu.be/wN8-MkeBB0g?list=PLMuGDKCPSloxw3b94ZhOvXJum_HUo9Gr5
きょねんの今頃は、この曲を練習してました。
アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ
練習をまたしようって感じですね。
色々なことがありましたが、振り返ってばかりいてもしかたがないので、特に振り返らず、前を向いて歩いていこうと思います、いい意味で笑
ふり返らない勇気ヽ(^。^)ノ
そのうちちゃんと更新しますので、今回はこの辺で笑
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あけてしまっていた!!!
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2016-01-12
あけまして、おめでとうごじゃいましゅる!・・・・・・あけまして、おめでとうございますいつの間にか、年が明けてしまっていたばかりか、12月、ブログの更新を忘れていました笑みなさん、いかがお過ごしでしょうか?さて、今年の目標を立てようと、現在奮闘中です。やりたいこと、たくさんあるんだよなー。まず、ジョギングというか、ランニングを始めました!(^_^)週一のペースで、歩いたり走ったりしてます。今一か月。マラソンを走れるようになりたいんです。体力があってタフなのっていいですよね!なりたいなー。まあ、これはぼちぼちやっていこうという感じ。絵も、いろいろかいてみたいなと思っています。うん、これも適当に笑ピアノこれは、去年沢山の曲に挑戦したから、弾ける曲をどんどん増やしていきたいというところ。月一曲弾けるようになっても、12曲弾けるようになるので、そういうふうにふやせたらなあ。そして、再生リストにいい演奏を載せる、まあ無理のない範囲でという感じ笑勉強面心理的なことや、生物についてとか、とにかく、博学になりたいなと思っています。なんか、忘れちゃうんだよね笑知識が、蓄積しているのか、結構謎。知ったことは、メモしていきたいなって思ってます。あと、読書日記!せっかく読んだのに、読みっぱなしということが多々あるので、読書日記をつけます。これは、無地のノートがいいかなあ。それとも、ルーズリーフみたいにした方がいいか?ちょっと悩み中。ポッケとはもうだいぶ仲良くなってるから、これは継続して・・・・・・・・・・・・遊んでいただく!笑目標は様々あり、やることもたくさんあり、スケジュールで色々決めていこうとしてます笑やっぱ、計画たてるのって大事だね(^_^)なかなかくせんしてて、みなさん、こういう風にしてるーっていうのがあったら、コメントで書いてくれるとすごくうれしいな♪計画通りにいかないこともあるだろうから、まあ、訂正しつつも、今年一年、頑張っていこうと思っています。挑戦! 飛躍!あ、ブログの頻度も上げたいね笑 よくばり笑というわけで、ことしもよろしくおねがいします!^O^
未分類
ジョナサン
2016-01-12T18:13:14+09:00
・・・・・・あけまして、おめでとうございます
いつの間にか、年が明けてしまっていたばかりか、12月、ブログの更新を忘れていました笑
みなさん、いかがお過ごしでしょうか?
さて、今年の目標を立てようと、現在奮闘中です。
やりたいこと、たくさんあるんだよなー。
まず、ジョギングというか、ランニングを始めました!(^_^)
週一のペースで、歩いたり走ったりしてます。
今一か月。
マラソンを走れるようになりたいんです。体力があってタフなのっていいですよね!
なりたいなー。まあ、これはぼちぼちやっていこうという感じ。
絵も、いろいろかいてみたいなと思っています。
うん、これも適当に笑
ピアノ
これは、去年沢山の曲に挑戦したから、弾ける曲をどんどん増やしていきたいというところ。
月一曲弾けるようになっても、12曲弾けるようになるので、そういうふうにふやせたらなあ。
そして、再生リストにいい演奏を載せる、まあ無理のない範囲でという感じ笑
勉強面
心理的なことや、生物についてとか、とにかく、博学になりたいなと思っています。
なんか、忘れちゃうんだよね笑
知識が、蓄積しているのか、結構謎。
知ったことは、メモしていきたいなって思ってます。
あと、読書日記!
せっかく読んだのに、読みっぱなしということが多々あるので、読書日記をつけます。
これは、無地のノートがいいかなあ。
それとも、ルーズリーフみたいにした方がいいか?ちょっと悩み中。
ポッケとはもうだいぶ仲良くなってるから、これは継続して・・・・・・
・・・・・・遊んでいただく!笑
目標は様々あり、やることもたくさんあり、スケジュールで色々決めていこうとしてます笑
やっぱ、計画たてるのって大事だね(^_^)
なかなかくせんしてて、みなさん、こういう風にしてるーっていうのがあったら、コメントで書いてくれるとすごくうれしいな♪
計画通りにいかないこともあるだろうから、
まあ、訂正しつつも、今年一年、頑張っていこうと思っています。
挑戦! 飛躍!
あ、ブログの頻度も上げたいね笑 よくばり笑
というわけで、ことしもよろしくおねがいします!^O^
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16『真夏の夜の夢』シェイクスピア
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2015-11-30
シェイクスピアを知らないひとはほとんどいないけど、読んだことがあるという人は少ないんじゃないだろうか。これは、ぼくの勝手な想像になるけど、古典ってあんまり読まれてない気がするんだよなあ・・・・・・。でも、古典って、本当に、今の時代にまで影響を与えているすごいものばかりで、「後生畏るべし」という言葉があるけど、ぼくなんかは「先生おそるべし!」っと、思うのだ。ちなみに、別にジョークをかまそうとはしていないよ。先生が怖いってなったのは、たまたまのたまだよ!笑別に怖くもないしね、ははは。・・・・・・。それはさておき、シェークスピア。他、何作か読んでいるけど、この作品は、最も好きな作品といっても過言ではない。もっとも、『ハムレット』は積読になってるから、若輩者のたわごとかもしれない。でも、この本がおもしろいのは、間違いない。ところが、内容をわすれてしまっている。読み直さなければならない。でも、読み直すのが怖い。決して、読んでないわけではない。ずいぶん前に、図書館で借りて読んだのだ。しかも、夢中になって一気に読んだ。忘れているのが嫌で本を、買いなおした。昔読んでたのは、新潮から出てたやつで、表紙からして、とても印象的だ。↓これ青を基調にして、存在感のある妖精の絵が描かれている。どんな物語なのか、興味をそそられる。ちなみに、ぼくは嵐の方は読んでいない。なんか、別にいいかなっと思ってしまったのだ。もったいないこと限りなしである。・・・・・いや、別に悪く言うつもりはさらさらない。買ったのは自分だし、そもそも、こっちはまだ読んでさえいないのだから、悪く言いようもない。そして、読もうとしないのは自分の責任であり、本には魅力がある。だから、買いなおしたのだ。だけど、だけど・・・・・・、あまりにも、表紙から受ける印象が違っている・・・。昔の印象が変わってしまうのが怖い。こういうことって、ありませんか?まさに・・・・・・。「先生おそるべし・・・。」いろいろまとめ(^O^)音楽(ピアノ)まとめhttp://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16本まとめhttp://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16-1文鳥まとめhttp://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-1絵まとめhttp:..
本
ジョナサン
2015-11-30T21:32:13+09:00
これは、ぼくの勝手な想像になるけど、古典ってあんまり読まれてない気がするんだよなあ・・・・・・。
でも、古典って、本当に、今の時代にまで影響を与えているすごいものばかりで、
「後生畏るべし」という言葉があるけど、ぼくなんかは「先生おそるべし!」っと、思うのだ。
ちなみに、別にジョークをかまそうとはしていないよ。先生が怖いってなったのは、たまたまのたまだよ!笑
別に怖くもないしね、ははは。・・・・・・。
それはさておき、シェークスピア。
他、何作か読んでいるけど、この作品は、最も好きな作品といっても過言ではない。
もっとも、『ハムレット』は積読になってるから、若輩者のたわごとかもしれない。でも、この本がおもしろいのは、間違いない。
ところが、内容をわすれてしまっている。読み直さなければならない。
でも、読み直すのが怖い。
決して、読んでないわけではない。ずいぶん前に、図書館で借りて読んだのだ。しかも、夢中になって一気に読んだ。
忘れているのが嫌で本を、買いなおした。昔読んでたのは、新潮から出てたやつで、表紙からして、とても印象的だ。↓これ
青を基調にして、存在感のある妖精の絵が描かれている。どんな物語なのか、興味をそそられる。
ちなみに、ぼくは嵐の方は読んでいない。なんか、別にいいかなっと思ってしまったのだ。
もったいないこと限りなしである。
・・・・・いや、別に悪く言うつもりはさらさらない。買ったのは自分だし、そもそも、こっちはまだ読んでさえいないのだから、悪く言いようもない。そして、読もうとしないのは自分の責任であり、本には魅力がある。
だから、買いなおしたのだ。
だけど、だけど・・・・・・、あまりにも、表紙から受ける印象が違っている・・・。
昔の印象が変わってしまうのが怖い。
こういうことって、ありませんか?
まさに・・・・・・。
「先生おそるべし・・・。」
いろいろまとめ(^O^)
音楽(ピアノ)まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16
本まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16-1
文鳥まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-1
絵まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-07-08-2
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『思い出のマーニー』
https://op63op29pia30845.blog.ss-blog.jp/2015-10-09
思い出のマーニー読みました。映画も見ました。 とても良い本、良い映画ですね^^ということで、思い出のマーニーについて、書くよ!(・ω<) 本の感想と映画の感想(ネタバレ含む)(ネタバレを含みますので、見ていない方は注意です><)もう大丈夫かな?ネタバレありますから、戻るのなら、今でしょ!笑さて、書きますね。まず、本の感想。思い出のマーニー(本) 映画とほぼ同じだが、映画より情報量は三割ほど多い。全部読むのに6時間くらい。 この物語のテーマは、許しと、他者との付き合い方、みたいなものだろうか。 簡単なあらすじ。 アンナはひねた女の子で、自分のことが嫌い。 アンナのことを心配したおばさんの計らいで、アンナはおばさんの家をはなれ、湿地で休暇を過ごすことになる。 そこで、不思議な女の子、マーニーと出会う。最初は幻かと思ったマーニーだが、話すうちにどんどん二人は仲良くなる。そして、キノコ狩りに行ったり、砂のお城を作ったりして遊ぶ。 ところが、二人で嵐の中風車の中に入った時、マーニーはアンナをおいて一人出てしまう。 ここが、一番重要なシーン。 自分を置き去りにしたマーニーを許せるか、ということが、物語の一番のクライマックスとなっている。 結局、アンナはマーニーを許す。ところが、その次の日からマーニーがいなくなり、そして、徐々に、マーニーが自分の作りだした架空の女の子だったと考えるようになる。 ところが、その架空の女の子だと思っていたマーニーの日記帳がみつかり……。 マーニーはじつは、アンナの祖母で、アンナを一人残して、先に死んでしまっていたことがわかる。(両親は自動車事故で死んでいて、マーニーがアンナを育てていた。) さて一番話したいことは、クライマックスの、マーニーを許すシーンについてです。 ここが、じつは、大きな伏線です。 気づかなかった人も多いだろうと思いますが、じつは、これは、二つの出来事がかさなった巧妙な伏線となっています。 つまり、アンナを「風車小屋においていったこと」と、「一人残して死んでしまった」ことが重なっている。 アンナが言う、「どうして私を置いて行ってしまったの!」というのは、表面上は、風車に置き去りにされたことを問題にしているが、その裏で、「どうして私をひとりにして死んでしまったのか」ということについても言っているのです。 鳥肌ものですね。僕は、最初気づかなかったんだけど、映画を見て、あれこれ考えるう..
未分類
ジョナサン
2015-10-09T20:11:01+09:00
とても良い本、良い映画ですね^^
ということで、思い出のマーニーについて、書くよ!(・ω<)
本の感想と映画の感想(ネタバレ含む)
(ネタバレを含みますので、見ていない方は注意です><)
もう大丈夫かな?
ネタバレありますから、戻るのなら、今でしょ!笑
さて、書きますね。まず、本の感想。
思い出のマーニー(本)
映画とほぼ同じだが、映画より情報量は三割ほど多い。全部読むのに6時間くらい。
この物語のテーマは、許しと、他者との付き合い方、みたいなものだろうか。
簡単なあらすじ。
アンナはひねた女の子で、自分のことが嫌い。
アンナのことを心配したおばさんの計らいで、アンナはおばさんの家をはなれ、湿地で休暇を過ごすことになる。
そこで、不思議な女の子、マーニーと出会う。最初は幻かと思ったマーニーだが、話すうちにどんどん二人は仲良くなる。そして、キノコ狩りに行ったり、砂のお城を作ったりして遊ぶ。
ところが、二人で嵐の中風車の中に入った時、マーニーはアンナをおいて一人出てしまう。
ここが、一番重要なシーン。
自分を置き去りにしたマーニーを許せるか、ということが、物語の一番のクライマックスとなっている。
結局、アンナはマーニーを許す。ところが、その次の日からマーニーがいなくなり、そして、徐々に、マーニーが自分の作りだした架空の女の子だったと考えるようになる。
ところが、その架空の女の子だと思っていたマーニーの日記帳がみつかり……。
マーニーはじつは、アンナの祖母で、アンナを一人残して、先に死んでしまっていたことがわかる。(両親は自動車事故で死んでいて、マーニーがアンナを育てていた。)
さて一番話したいことは、クライマックスの、マーニーを許すシーンについてです。
ここが、じつは、大きな伏線です。
気づかなかった人も多いだろうと思いますが、じつは、これは、二つの出来事がかさなった巧妙な伏線となっています。
つまり、アンナを「風車小屋においていったこと」と、「一人残して死んでしまった」ことが重なっている。
アンナが言う、「どうして私を置いて行ってしまったの!」というのは、表面上は、風車に置き去りにされたことを問題にしているが、その裏で、「どうして私をひとりにして死んでしまったのか」ということについても言っているのです。
鳥肌ものですね。僕は、最初気づかなかったんだけど、映画を見て、あれこれ考えるうちに気づいた瞬間、ぞわぞわしました笑。
潜在的にでも、アンナは、両親とマーニーを許していない。それを、許さなければ、いつまでもひねくれたままになってしまう。
そこで、筆者は仕かけをした。
つまり、同じ「他者をゆるせるか」ということで、「風車小屋に置いていったこと」と、「アンナ一人を残して死んでしまったこと」をかけあわせたんだと思われます。
それは、マーニーが、屋敷から去らねばならない(幻想世界で)ことからもわかります。(これは、原作の設定)
この伏線が、本当にすごいと思う。ここを重ね合わせていなかったとしてももちろん物語を成り立たせることはできるし、魅力的なんだけど、他者の許しというテーマが薄れることになります。
だから、ここに気づいた人は、本当にこの本が好きになると思う。
映画でこれをやってたから、ああ、すごいなあとおもったんだけど、原作ですでにやってた笑
考えてみれば当然ですね笑
でも、映画は映画でよかったし、映画のおかげで本に出会えたから、それだけでもいい仕事してるなあと思う。
テーマは、他者理解、それと、許しだと思います。
アンナは、最後の最後でマーニーを許す。
それによって、他者というものが、自分の思い通りになる者では決してなく、時にどうしようもないことで裏切られることもあるのだ、ということを、許容できるようになったのだと思います。
そのことが、アンナの心に平安と、自立性をもたらしたと、僕は思います。
仮に、もしあそこでマーニーを許せなかったら、どうか。
物語は、まったく真逆の結末で、後味の悪いものになっていたと思う。
人を呪わば穴二つ(人を憎めば、結局はその呪いが自分に跳ね返り、墓穴が二つ必要となる)ということわざもありますよね。
幸い、アンナは許すことによって、他者を、自分と同一化させず、距離をとりつつも関係性を深めるということに成功した…とぼくはおもいます。
映画「思い出のマーニー」
おもしろかった。米林監督は大分腕を上げてきたなあという感じ。映像の表現に魅力がありました。
感動しました。かぐや姫とはまた違うよさがあり、これだけ女性の感情をとらえ、表現できるのはすごいと思いました。
よくまとめられていて、原作を読んでみるとわかりますが、要点をしっかり絞って、きれいな構成。本当に必要なところを、描き出すことに成功していますね。
印象的な映像がたくさんあって、窓辺の少女の印象、ボートと月夜の映像は美しいですね。
あと、思うんだけど、水彩画で映画って、やってほしいなあ。すごい手間で、やってられないだろうけど、一回見てみたい。
とにかく、よかったです。そして、最近また読書熱が戻ってきている!わーいヽ(^。^)ノ
下の記事もよかったらのぞいて行ってね(^O^)
音楽(ピアノ)まとめ
http://op63op29pia30845.blog.so-net.ne.jp/2015-05-16
本まとめ
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