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物事を行う促進力、物事を行わない抑止力

 

物事をやったりやらなかったりするには、一つには、理解しているという事と、もう一つには、感じているという事がある。
どういうことかというと、たとえば、塀の上を歩く少年。

塀の上を歩く少年と、塀の上は歩かない少年。
この二人のちがいはなんだろうか。

Aは、塀の上を歩いても平気だと考えている(理解している)
違う言い方をすれば、おちたら危ないだろうとは理解していない。

つまり、塀からは落ちないだろうと理解している。
また、塀の上をあるいている時、怖さを感じず、むしろ平気だと感じている。



Bは、塀の上を歩くと、おちたら危ないという事を理解している。





こういうことが、二人の少年の行動のちがいとして現れると考えられるだろう。


つまり、理解しているかということと、感じているかという事だ。



だが、これにも段階がある。

まず、理解するという事と、そして、それから、感じるという事だ。


例えば、今にも塀の上を平気で歩こうとしている少年A。

この少年Aは、塀の上を歩くのは平気だろう、と「考えている」。


そして、塀の上にのぼる。まだ平気だ。


ところが、塀の上に立って、一歩二歩歩いたところで、塀の幅があまりにも狭く、
ここを歩くのはあぶないと「感じる」とする



すると、その少年Aは、塀をおり、もう塀の上は歩かず、塀の横に沿って歩くようになるだろう。

つまり、塀の上を歩いてみて、危険だと「感じた」ことによって、塀の上はおちたら危ないから
ちゃんと地面を歩こう、と「考えた」わけである。



このように、物事を促進したり、抑止したりするのには、二つのファクター、
つまり考えることと感じることの二つが存在するといえるだろう。


さて、塀の上を歩かなかったB。
Bは、友達に促されて、塀の上にのぼったとする。

すると、持ち前の平衡感覚が発揮され、塀の上を平気で歩くようになるとする。

この場合は、Bは、塀の上を歩くことは危ないかもしれないが、歩きたいと「感じ」それによって、
塀の上は歩けると考えるわけである。


このことから考えると、物事をやめようとするときは、考えているだけではだめだという事がわかる。


実際、Bは塀の上を歩くのは危ないと考えているにもかかわらず、歩くのが楽しいと感じるというだけで
歩くのをやめられない、という状態に陥る。



大げさな例で言えば、麻薬、アルコール、タバコ、パチンコなどのギャンブル、など・・・。


これらは、本人が辞めたいと思っているにもかかわらず、「楽しい」とか、「勝ちたい」と感じることによって
やめられないという状況に陥ってしまう例である。


たとえば、健康は大事だと考える。


多くの人が、健康は大事だと考えている。


それにもよらず、運動不足、むやみな飲食、不摂生、これらはなぜ起こるのか。



考えるという段階では成功していても、感じるという段階で、本当に健康の大事さを感じ取れていないことに
他ならないのではないだろうか。




考えるという事、それから、感じるという事。


理想的な姿になるには、健康の大事さを身に染みて感じればいいということだろう。



他にも、生の短さは良く僕は考える。


そういうことを念頭に置いて、理想的な姿をめざし、それが大事だと考え、感じられるような体験を積むこと。


これが大事なんじゃないだろうかと、ふと思った。



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ゴーシュの孤独

セロ弾きのゴーシュ


ゴーシュは孤独だ。


ゴーシュは最初弾けなくて孤独で


弾けるようになったら、また孤独になった。


逸脱することは、孤独であるという事であり、
結局ゴーシュは孤独なのだ。
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様々な確率 確率論的な考え方

お久しぶりです。
今回は、確率論的な考えに基づく行動、みたいなことにふれてみたいと思います。

さて、宝くじ。
当たりますか?

当たりませんよね笑


でも、ビンゴだったら当たる?

当たるかもしれませんね笑



かみなりに打たれる確率は、どれくらいでしょうか?


バッターがヒットを打つ確率は?

列車が横転する確率は?

飛行機が墜落する確率は?

サメに襲われる確率は?

告白してふられる確率は?

インフルエンザに感染する確率は?

プロボウラーがパーフェクトを達成する確率は?


世の中には様々な確率がありますね。



すべて「うまくいくかどうかわからない」「実際に起こるかどうかわからない」という点を持つものなら、確率は存在するでしょう。

しかし、それらにはすべて程度があり、「確率の高いもの」と、「確率の低いもの」が存在するといえるでしょう。


例えば、宝くじが当たる確率は、4等でも10000分の一です。
10000枚買ってやっと、当たることが保証されるわけなんです。


1等なら1000万分の一であります笑

ビンゴなら、10球出てビンゴになる確率が、10パーセントほどらしいです。

飛行機が墜落する確率は、20万分の一



様々な確率が存在します。

面白いことに、
この確率が存在するというところには、同時に、心配というものが存在すると思えます。

例えば、雷。

雷に打たれたらどうしようと、一度は心配された方も多いのではないでしょうか?

雷に打たれたら、死ぬかもしれない。大けがするかもしれない。
大雨にあって、近くで雷が落ちた。おちたらどうしよう。

そういうところから、雷が怖い、という気持ちが生まれているといえるでしょう。


サメについても、同様のことが言えます。
ジョーズなんかで、やたらと恐怖心をあおられて、海に行ったらサメがいる、ということを
強く意識した人は多いでしょう。

そして、もし食べられたらどうしよう、おそわれたら・・・などと想像を膨らませて笑
恐怖に陥ることは良くあることだと思います。


飛行機恐怖症もそうです。
実際に、落ちるかもしれないからという理由で乗らない人もいます。


でも、その確率は、非常に低いものであるのは、間違いありません。


サメは、ふつう沖合にいますから、浅いところで泳ぐ分には、襲われるという事はまずないでしょう。
むしろ、クラゲ、オコゼ、ウニやガンガゼを踏むことによる被害の方が大きいはずです。


飛行機で言うと20万分の一ですし、雷に至っては、なんと宝くじ一等に当たる1000万分の一
という低確率になっています笑


こういう風に、低確率のものは、本来心配する必要のないことのはずだといえるでしょう。


確率は、変動もします。

例えば、上で挙げたボウリングパーフェクトの確率は、素人とプロボウラーでは、格段に差が出てくるでしょう。

ゴルフのホールインワンも同様ではないでしょうか。

つまり、望ましい結果を求め、確率を上昇させ、
望ましくない結果を避けるために、確率を下げることは可能なのです。

飛行機は、昔はよく墜落していましたが、いまはかなり安全な乗り物となっています。
すごく確率が上昇したわけです。

そのためには、やはり、機体を安定させる技術や、離着陸を安定的に達成させること、
などが求められたはずです。

人間は、それを達成するために、「失敗を繰り返し」、技術を向上させてきたわけですね。

何事も、一朝一夕というわけにはいかないのは、間違いありません。

多くの失敗があればあるほど、それを生かし、技術を向上させ、安定した飛行につながる。
つまり、飛行の成功確率を上昇させることに成功したというわけだと思います。


なんにせよ、確率論的な考え方は、結構重要だと思います。
失敗すれば、確率を上昇させるために試行錯誤をすればよいという話であり、
その失敗は、確率がまだまだ低かったのだと考えて、それほど落ち込む必要のないことなのではないでしょうか。


むしろ、挑戦し、確率を上げることができる、伸び城があるという事ですね笑


受験勉強とか、ピアノの上達も、そういうことが言えるのではないかと思います。

ではでは、今回はこの辺で!!
いろいろまとめ(^O^)
音楽(ピアノ)まとめ
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本まとめ
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文鳥まとめ
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17『水妖記(ウンディーネ)』 フーケ―著 [本]

th (30).jpg
ウンディーネ。水の精である。

水の中に住んでいる妖精が、騎士と結婚し、そしてどうなったか・・・という物語

この本は、読んでいて本当に切なくなった。
ウンディーネは人間ではないが、人間ではないものとの結婚という、古くからあるテーマをモチーフにしている。

注目していただきたいのは、ウンディーネの描写。
人ならざるものであるゆえの魅力が、作者の手によって、克明に描かれている。

人物で、僕は少し癖のある人が好きだ。ウンディーネは、まさにその典型だった。

この本は、一人旅に行く行きと帰りに読んだのだけど、旅に花を添えてくれた。思い出深い一冊である。




 【新品】【書籍・コミック 文庫活字】水妖記 ウンディーネ



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「山月記」個人的読解

 今回は、山月記を取り上げたいと思います。

なぜ、山月記なのか?


・・・・・・・さあて、なぜなんでしょうね。(・_・ ) ( ・_・)キョロキョロ

この山月記(中島敦著)、学生時代に読んだ時もなかなか興味深い内容だったんですが、
改めて読み返すと、胸に来るものがあります(。-_-。)

山月記は、簡単に言うと、賢いエリートが、自らの臆病な自尊心と尊大な羞恥心によりトラとなってしまった話です。
もっとも、これは主人公李徴の解釈であり、それが本当であるかはわかりません。


彼は、なぜ虎になったのか?
いったい、李徴の心理とは、どういうものだったのか?
虎になった李徴の考え方とは?


今回は、そういうことに焦点を当てて、山月記を読み直したいと思います。


まず、原文ですね。青空文庫(著作権切れ)で読めます。
こちらです。

http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/624_14544.html

・・・さて、いかがだったでしょうか。

李徴、すごいことになってしまったのだね・・・(ToT)



さて、李徴を分析
李徴の来歴

若くして名を虎榜こぼうに連ね・・・若くして、科挙に合格しています。
    ↓
江南尉に補せられた・・・江南という地で、尉(官職)につく。兵事関係みたいです。
    ↓
官位を退職し、詩作にふける
    ↓
文名が容易に揚がらず・・・・・・なかなか詩で有名にならない
    ↓
己おのれの詩業に半ば絶望・・・自分の詩作(名声を得ること)に半分絶望してしまう
    ↓
妻子の衣食のために遂ついに節を屈して再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずる
・・・・・・妻子のために、ついにあきらめ、東の地で、一地方官職になる
    ↓
一年の後、公用で旅に出、汝水じょすいのほとりに宿った時、遂に発狂した・・・旅の途中発狂してしまった・・・。




李徴の性格(世界をどう認識しているかという事によって生まれる態度)
李徴は、自分の賢さ、才能から、自分は偉いのだと感じています。
名声を求めており、人より優れていると思われたいようです。
そして、人に使われることをとても嫌っている。
これは、臆病な自尊心と、尊大な羞恥心のなせる業だといっています。
(人に使われるのは劣ったことだという認識に基づく自尊心と同時に、人に使われるのは恥ずかしいことだと考える羞恥心)
また、このことにより、トラになったのではないかと自己分析しています。

詳しく、「才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡すべてだった」といっています。


才能の不足を暴露するかもしれないとの卑怯な危惧=自尊心が傷つくのを恐れる=臆病な自尊心

刻苦を厭う怠惰=思いっきりやっても、出来なかったらどうしよう(恥ずかしい)=尊大な羞恥心

こういうわけですね。
続けて、「己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。虎と成り果てた今、己は漸ようやくそれに気が付いた。それを思うと、己は今も胸を灼やかれるような悔を感じる。」

といっています。

ここを、どう理解すべきでしょうか?

臆病な自尊心と尊大な羞恥心により、詩作が思うようにいかなかった。
そして、才能がなくても、一生懸命詩と向き合い、詩を磨きあげたことで、すばらしい詩家になったものがいる。

ここまでは、すんなりいきます。
しかし、そのあとの「虎と成り果てた今、己は漸ようやくそれに気が付いた」
ここの「それ」は、何を指すのでしょうか?
自尊心と羞恥心により詩作がうまくいかなかった点でしょうか?
それとも、才能がないのに、頑張ったあげく素晴らしい詩人になったものがいくらでもいるという点でしょうか?


ここの個人的解釈は、おそらく、両方含んでいるんですが、注目すべきは
「頑張ったあげく素晴らしい詩人になったものがいくらでもいる」という発言を、李徴がしている点です。


ここに、李徴の自負心というか、競争心が見えているわけです。

詩というのは、本来、点数を出して競い合うような種類のものではないでしょう。
心に訴えかけるものがあればどんな詩も優れているのであり、この詩とその詩、どちらがより優れているかを競う「必要性」は本来ないわけです。
もちろん、競うという事もあるでしょうが、それを離れて詩を作るという事はいくらでもあるというか、むしろそちらが自然なように思えます。


そのことを踏まえず、李徴は、科挙のような競争心で詩作に臨んでいた。
だから、負けることを恐れていた。そして、負けるはずがないと思っていた。
しかも、だれよりも、抜きんでていたかったというわけですね。

 李徴の目的は、確かに、優れた詩を作ろうという部分を含んでいました。
しかし、ただ優れた詩を作ろうという事よりも、他人との競争に勝ち、名声を得る点に李徴の詩作の重心があったと理解できます。


作中では、袁が

「成程なるほど、作者の素質が第一流に属するものであることは疑いない。しかし、このままでは、第一流の作品となるのには、何処どこか(非常に微妙な点に於おいて)欠けるところがあるのではないか、と。」
と評していますが、おそらくこれは、李徴が競争を目的に、つまり、臆病な自尊心と尊大な羞恥心を持ちながら作ったものだからではないか・・・と、個人的には考えています。


しかし、この山月記は、非常に人間の心理を的確についているとおもいます。
まったく、こういう人間はたくさんいるし、ここまで度が過ぎていないというだけで、だれの心にもあるといって過言ではないかとすら思います・・・。

僕個人は、李徴、嫌いじゃないです笑

李徴にも、いいところはあると思うんです。


1、自負心があるところ

自分はできないとおもっているひとは、その時点でできません。
出来ると思っていることは、とても大事なことだと思います。
李徴は、現に、一流になりうる詩作をしていますので、それは、自分はできるという気持ちによるでしょう。
何もできないという風に考えて、何もしない人よりは、かなりいいんじゃないかと思います。



2、妻子のために、詩作をやめた

尤も、これは、自分の詩作に絶望を覚えたためとありますから、ちょっとネガチィブな感じはしますが
それでも、ある程度認められることでしょう。
妻子のことを慮る発言も、袁にしています。
李徴にとっては、詩作が第一義で、第二義が妻子だったという事なのでしょう。
それとも、それすら自尊心で、つまり、世間からどう思われるかきにして、結婚したんでしょうか。
そして、妻子のことを考えているふりをしていたんでしょうか・・・。
・・・自尊心という言葉から、ここまで疑って考えるのは、さすがに、李徴がかわいそうだと思いますね笑
たとえ自尊心からにせよ、妻子を思うという点は、良いと思います。




3、そうはいっても、詩作はがんばっていた

李徴を侮ってはいけないとおもいました笑。かなり優秀なのです。
若くして、科挙(しかも難しい方)に合格しているのですから、やれる男です。
官吏も、使われるのをがまんさえしていたら、かなり上の地位に付けていたのではと思います。
詩作についても、「おれは真剣にやらなかった」といっていますが、それは、李徴の「羞恥心故の自分への評価」です。
実際は、かなりやっている。
あれです、「テスト勉強全然やってない!やばい!」って言って、めちゃくちゃいい点数とる人と同じです笑ヾ(^-^;)

「曾て作るところの詩数百篇ぺん、固もとより、まだ世に行われておらぬ。」
これが本当かは、若干怪しいですが、以下に分けられます。
本当=かなり努力してる
さばを読んで100篇ほど=それでも結構書いてるんじゃない?
実は朗読した30篇のみ=数百編と比べたらちょっと少ないかもしれないけど、それでもすごい( ̄ー ̄)


確実なのは、30編は作っているという事
長短凡およそ三十篇、トラになっても暗記して朗読してますから、この暗記して朗読できるというのは、相当ですよね・・・笑



こういう風に見ると、李徴は、非常に惜しい人物というか、かなりもったいない逸材というわけですね・・・。






では、李徴はどうすればよかったのか?


ここからが(!)本題であります笑

今回は本格的笑

個人的な見解で、先ほど、動機がまずかったという事を述べました。

音楽でもよくあるんですが、コンクールとかに出るとすると、「ミスのない演奏」を求める気質があります。
コンクールは、「ミスなく」しかも、「ほかの人よりも優れている(と思われるような)演奏」が求められます。

そこで、ピアノを弾く人は、「ミスせず」「競争」しようとするわけです。

こういう時に、どういう心理が沸き起こるか。

失敗を恐れるわけですね。
そして、競争に負けることを恐れる。
そういう恐れから、演技が硬くなる。
のびのびとした表現ができない。


オリンピック選手なんかでも、よくそういう風になってると思います。
彼等は、その恐怖心をうまくコントロールしていたり、コントロールできず、自分が望む演技にならなかったり・・・・・・。練習に練習を重ねたオリンピック選手ですら、そういう心理状況になるわけです。


ピアノで言うと、演奏者は本来、美しい音色で、心に響くような演奏を求めていることが多いです。
そして、それを求めるごとに、流暢な指の動き、表現が実現されていきます。


確かに、美しい音色の連続というのは、ミスがなく、和音がきれいにそろっています。
でも、それは、「美しい演奏」を求めたからで、「ミスしたらだめだ」という気持ちから現れたものではないのです。

「ミスしたらだめだ」という気持ちから、「ミスをしない」という状況に達することは、もちろんあります。
それも、もちろんミスがないので結局、ある程度は美しいものになるのでしょうが、心に響くかどうか、は別問題になってくるのではないでしょうか。
そして、「ミスしまい」と思えば思うほど、表現が硬くなってしまうのではないでしょうか。
それが高じると、最悪、ミスが怖くて、弾けなくなるという状況までなるのでは・・・・・・。(:_;)


おそらく、李徴の詩作は、それと似たような状況になったのではないでしょうか。
あまりに羞恥心が強く、できないかもしれないということを認められなかった・・・。悲しいことです。


とはいえ、羞恥心、自尊心、それ自体は、そんなに悪いものではないと、僕は思います。
羞恥心がなければ、あまりにもあけっぴろげで、他人のことを考えない感じになるかもしれません。
自尊心がすこしもなければ、ちょっとも挑戦することができないのではないでしょうか。

そう考えた時に、では、どうすれば?という事なんですね。

最近、僕は巷で話題の、アドラー心理学を勉強していますが、アドラーは、フロイトのような原因論ではなく
目的論の立場をとります。

例えば、学校に行く前、おなかが痛くなる子供。こういう子は、登校時間がすぎ、
もう学校へ行けないというような電話をすると、ケロッと治っちゃうそうです笑

つまり、この子は、おなかがいたいから学校へ行けないのではなく
「学校へ行かないために、おなかをいたくしている」というわけなんですね。



アドラーの考えは、とてもしっくりくるものがあり、すごく賢い人だったのだなと感じています。
おすすめです!


さて、カフカの変身ってありましたよね。
芋虫に変身してしまう男の話です。

これは、どこか今回の山月記と似ていると思いませんか?

そう、変身です! へーんしん!(ノ◇≦。)

・・・すいません笑

変身しちゃってますよね、芋虫に。
この変身も、原因不明です。


ところが、アドラー流に考えると、確かに、なるほど!という事が見えます。
つまり、ザムザは、働きに行きたくなかった。
働かないですむようになるために芋虫になった。
こういうわけですね。

納得いきましたか?
個人的には、すっごく納得です笑
たしかに、ザムザはそんな感じでしたし、カフカ自身も、そんな感じだったらしいですもんね・・・。
まあ、納得いくかは個々人にもよりますけど、新しい視座を与えてくれることは確かだと思います。



さて、李徴はどうでしょうか。
先ほどの様に考えると、李徴は「詩作をすること(名声を得るための活動)から逃れるために虎になった」
という風に言えます。


本文を見てみましょう。

「己おのれの珠たまに非あらざることを惧おそれるが故ゆえに、敢あえて刻苦して磨みがこうともせず、
又、己の珠なるべきを半ば信ずるが故に、碌々ろくろくとして瓦かわらに伍することも出来なかった。」


李徴は、実際のところ、自分の心理に気づく0.001歩手前というところまでいっているとおもいます。
やはり、かなり賢いですね。

上の文はつまり、
「磨かれれば珠であるという事を信じておける状況を永続させるために磨かなかった」のであり、
「瓦に伍しない(平凡な人々に関わらないでいたい)ために、自分のものが珠であると信じていた」という事です。



そして、
「たとえ、今、己が頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段で発表できよう」
というのは、
「私は虎になったので、発表しないですむ=発表しないでいれる(自分は珠だと信じていられる)ために
虎になった」という事なのでしょう。

かなりしっくりきます。



では、李徴の詩は、本当に珠ではなかったのでしょうか?

おそらく、磨けば一流のものになったのではないかと思います。
袁が認めるところでもあります。

また、
「己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、
堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。
虎と成り果てた今、己は漸ようやくそれに気が付いた。」と、李徴も言っています。

この文章は、前半はその通りでしょう。
しかし、後半の分が気になります。
「虎と成り果てた今、己は漸ようやくそれに気が付いた。」とありますが、
気づいたのは、本当に虎と成り果ててからなのでしょうか?


おそらく、賢い李徴のことだから、もう、だいぶ以前に気づいていたのではないかと思います。
でも、気づいたと認めてしまうと、それに向き合わなくてはならなくなる。
向き合うと、失敗するかもしれないという恐怖が襲う。
(この恐怖は、向き合うことを忌避するために生み出しているとまでは気づいていない)

そういう感じだと思います。


どうすれば、その恐怖を感じないようにできたか?

アドラー心理学から、考えてみたいと思います。
アドラーが、問題解決に向けて重要だと考えることは、他者への関心です。
そして、他者への認識を変えることが重要だと説きます。

具体的には、「私には、能力があると思う」ことと
「人々は、私の仲間だと思う」
という事です。


おそらく、李徴は激しい競争を経験して、「他者は敵だ」と認識していたんじゃないでしょうか。
他者への不信が根っこにあるのかもしれません。

また、「与えること自体よりも、受け取ること」を重視していたせいかもしれません。
つまり、賢い自分は、名声を手に入れるのが当り前だ、という考え方ですね。

詩で誰かを喜ばそうと思って作ったり、詩の優れた特性に関心を払って、そして、そこに重点を置いて
詩作にふけっていれば、自らを虎に変えうるまでの大きな羞恥心は生まれなかったのではないでしょうか。

もちろん、それでも、羞恥心があるという事はあるでしょう。一切なくなるというのは、難しいかもしれません。
でも、重点が代わるだけで、全然違ったアプローチができると思うんです。


つまり、「心に響く演奏」を求めて弾くのか
他人がミスを見張っているぞ!(みんなは敵だ!)と思って弾くのか。


また、他者もまた、賢くありうるし、価値のあることをしていると考えれば、
自分だけが特別優秀だと思いこむこともなかったのではと思います。

悲しい結末になってしまった山月記の李徴ですが、
その姿を心にとどめ、「どうすれば、その問題は解決されるか」を考え暮らしていきたいと思います。

あ・・・・・。



ポッケは元気!うひっ!( ̄∇ ̄*)


私はこう思う、など、コメントいただけると嬉しいです


いろいろまとめ(^O^)
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いつのまにか三月・・・!?

いつの間にか三月とか、きいていないんですが・・・・・・。


どういうことなんでしょう!?笑


あっちゅーますぎます。

いつの間にか、更新を忘れていました。


https://youtu.be/wN8-MkeBB0g?list=PLMuGDKCPSloxw3b94ZhOvXJum_HUo9Gr5

きょねんの今頃は、この曲を練習してました。
アンダンテスピアナートと華麗なる大ポロネーズ

練習をまたしようって感じですね。

色々なことがありましたが、振り返ってばかりいてもしかたがないので、特に振り返らず、前を向いて歩いていこうと思います、いい意味で笑

ふり返らない勇気ヽ(^。^)ノ




そのうちちゃんと更新しますので、今回はこの辺で笑

あけてしまっていた!!!

あけまして、おめでとうごじゃいましゅる!

・・・・・・あけまして、おめでとうございます

いつの間にか、年が明けてしまっていたばかりか、12月、ブログの更新を忘れていました笑


みなさん、いかがお過ごしでしょうか?
さて、今年の目標を立てようと、現在奮闘中です。
やりたいこと、たくさんあるんだよなー。

まず、ジョギングというか、ランニングを始めました!(^_^)
週一のペースで、歩いたり走ったりしてます。
今一か月。
マラソンを走れるようになりたいんです。体力があってタフなのっていいですよね!

なりたいなー。まあ、これはぼちぼちやっていこうという感じ。


絵も、いろいろかいてみたいなと思っています。
うん、これも適当に笑


ピアノ

これは、去年沢山の曲に挑戦したから、弾ける曲をどんどん増やしていきたいというところ。
月一曲弾けるようになっても、12曲弾けるようになるので、そういうふうにふやせたらなあ。
そして、再生リストにいい演奏を載せる、まあ無理のない範囲でという感じ笑


勉強面
心理的なことや、生物についてとか、とにかく、博学になりたいなと思っています。

なんか、忘れちゃうんだよね笑
知識が、蓄積しているのか、結構謎。
知ったことは、メモしていきたいなって思ってます。
あと、読書日記!
せっかく読んだのに、読みっぱなしということが多々あるので、読書日記をつけます。
これは、無地のノートがいいかなあ。

それとも、ルーズリーフみたいにした方がいいか?ちょっと悩み中。

ポッケとはもうだいぶ仲良くなってるから、これは継続して・・・・・・



・・・・・・遊んでいただく!笑

目標は様々あり、やることもたくさんあり、スケジュールで色々決めていこうとしてます笑

やっぱ、計画たてるのって大事だね(^_^)
なかなかくせんしてて、みなさん、こういう風にしてるーっていうのがあったら、コメントで書いてくれるとすごくうれしいな♪

計画通りにいかないこともあるだろうから、
まあ、訂正しつつも、今年一年、頑張っていこうと思っています。
挑戦! 飛躍!


あ、ブログの頻度も上げたいね笑 よくばり笑


というわけで、ことしもよろしくおねがいします!^O^



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16『真夏の夜の夢』シェイクスピア [本]

シェイクスピアを知らないひとはほとんどいないけど、読んだことがあるという人は少ないんじゃないだろうか。
これは、ぼくの勝手な想像になるけど、古典ってあんまり読まれてない気がするんだよなあ・・・・・・。

でも、古典って、本当に、今の時代にまで影響を与えているすごいものばかりで、
「後生畏るべし」という言葉があるけど、ぼくなんかは「先生おそるべし!」っと、思うのだ。

ちなみに、別にジョークをかまそうとはしていないよ。先生が怖いってなったのは、たまたまのたまだよ!笑
別に怖くもないしね、ははは。・・・・・・。


それはさておき、シェークスピア。
他、何作か読んでいるけど、この作品は、最も好きな作品といっても過言ではない。
もっとも、『ハムレット』は積読になってるから、若輩者のたわごとかもしれない。でも、この本がおもしろいのは、間違いない。

ところが、内容をわすれてしまっている。読み直さなければならない。
でも、読み直すのが怖い。
決して、読んでないわけではない。ずいぶん前に、図書館で借りて読んだのだ。しかも、夢中になって一気に読んだ。

忘れているのが嫌で本を、買いなおした。昔読んでたのは、新潮から出てたやつで、表紙からして、とても印象的だ。↓これ



夏の夜の夢・あらし (新潮文庫)


青を基調にして、存在感のある妖精の絵が描かれている。どんな物語なのか、興味をそそられる。
ちなみに、ぼくは嵐の方は読んでいない。なんか、別にいいかなっと思ってしまったのだ。
もったいないこと限りなしである。


新訳 夏の夜の夢 (角川文庫)



・・・・・いや、別に悪く言うつもりはさらさらない。買ったのは自分だし、そもそも、こっちはまだ読んでさえいないのだから、悪く言いようもない。そして、読もうとしないのは自分の責任であり、本には魅力がある。
だから、買いなおしたのだ。
だけど、だけど・・・・・・、あまりにも、表紙から受ける印象が違っている・・・。
昔の印象が変わってしまうのが怖い。

こういうことって、ありませんか?
まさに・・・・・・。


「先生おそるべし・・・。」


いろいろまとめ(^O^)
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『思い出のマーニー』 

思い出のマーニー読みました。映画も見ました。


とても良い本、良い映画ですね^^

ということで、思い出のマーニーについて、書くよ!(・ω<)
本の感想と映画の感想(ネタバレ含む)













(ネタバレを含みますので、見ていない方は注意です><)



















もう大丈夫かな?
ネタバレありますから、戻るのなら、今でしょ!笑


















さて、書きますね。まず、本の感想。


思い出のマーニー(本)
映画とほぼ同じだが、映画より情報量は三割ほど多い。全部読むのに6時間くらい。
この物語のテーマは、許しと、他者との付き合い方、みたいなものだろうか。



簡単なあらすじ。
アンナはひねた女の子で、自分のことが嫌い。
アンナのことを心配したおばさんの計らいで、アンナはおばさんの家をはなれ、湿地で休暇を過ごすことになる。
そこで、不思議な女の子、マーニーと出会う。最初は幻かと思ったマーニーだが、話すうちにどんどん二人は仲良くなる。そして、キノコ狩りに行ったり、砂のお城を作ったりして遊ぶ。
ところが、二人で嵐の中風車の中に入った時、マーニーはアンナをおいて一人出てしまう。

ここが、一番重要なシーン。
自分を置き去りにしたマーニーを許せるか、ということが、物語の一番のクライマックスとなっている。

結局、アンナはマーニーを許す。ところが、その次の日からマーニーがいなくなり、そして、徐々に、マーニーが自分の作りだした架空の女の子だったと考えるようになる。
ところが、その架空の女の子だと思っていたマーニーの日記帳がみつかり……。
マーニーはじつは、アンナの祖母で、アンナを一人残して、先に死んでしまっていたことがわかる。(両親は自動車事故で死んでいて、マーニーがアンナを育てていた。)



さて一番話したいことは、クライマックスの、マーニーを許すシーンについてです。
ここが、じつは、大きな伏線です。

気づかなかった人も多いだろうと思いますが、じつは、これは、二つの出来事がかさなった巧妙な伏線となっています。

つまり、アンナを「風車小屋においていったこと」と、「一人残して死んでしまった」ことが重なっている。
アンナが言う、「どうして私を置いて行ってしまったの!」というのは、表面上は、風車に置き去りにされたことを問題にしているが、その裏で、「どうして私をひとりにして死んでしまったのか」ということについても言っているのです。



鳥肌ものですね。僕は、最初気づかなかったんだけど、映画を見て、あれこれ考えるうちに気づいた瞬間、ぞわぞわしました笑。


潜在的にでも、アンナは、両親とマーニーを許していない。それを、許さなければ、いつまでもひねくれたままになってしまう。

そこで、筆者は仕かけをした。

つまり、同じ「他者をゆるせるか」ということで、「風車小屋に置いていったこと」と、「アンナ一人を残して死んでしまったこと」をかけあわせたんだと思われます。
それは、マーニーが、屋敷から去らねばならない(幻想世界で)ことからもわかります。(これは、原作の設定)


この伏線が、本当にすごいと思う。ここを重ね合わせていなかったとしてももちろん物語を成り立たせることはできるし、魅力的なんだけど、他者の許しというテーマが薄れることになります。
だから、ここに気づいた人は、本当にこの本が好きになると思う。

映画でこれをやってたから、ああ、すごいなあとおもったんだけど、原作ですでにやってた笑
考えてみれば当然ですね笑

でも、映画は映画でよかったし、映画のおかげで本に出会えたから、それだけでもいい仕事してるなあと思う。



テーマは、他者理解、それと、許しだと思います。

アンナは、最後の最後でマーニーを許す。
それによって、他者というものが、自分の思い通りになる者では決してなく、時にどうしようもないことで裏切られることもあるのだ、ということを、許容できるようになったのだと思います。

そのことが、アンナの心に平安と、自立性をもたらしたと、僕は思います。


仮に、もしあそこでマーニーを許せなかったら、どうか。

物語は、まったく真逆の結末で、後味の悪いものになっていたと思う。
人を呪わば穴二つ(人を憎めば、結局はその呪いが自分に跳ね返り、墓穴が二つ必要となる)ということわざもありますよね。

幸い、アンナは許すことによって、他者を、自分と同一化させず、距離をとりつつも関係性を深めるということに成功した…とぼくはおもいます。



映画「思い出のマーニー」
おもしろかった。米林監督は大分腕を上げてきたなあという感じ。映像の表現に魅力がありました。
感動しました。かぐや姫とはまた違うよさがあり、これだけ女性の感情をとらえ、表現できるのはすごいと思いました。
よくまとめられていて、原作を読んでみるとわかりますが、要点をしっかり絞って、きれいな構成。本当に必要なところを、描き出すことに成功していますね。
印象的な映像がたくさんあって、窓辺の少女の印象、ボートと月夜の映像は美しいですね。


あと、思うんだけど、水彩画で映画って、やってほしいなあ。すごい手間で、やってられないだろうけど、一回見てみたい。







とにかく、よかったです。そして、最近また読書熱が戻ってきている!わーいヽ(^。^)ノ

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絵① 貝殻

貝がらって、芸術的な形をしていますよね。

僕、貝殻好きなんです^^

そういうわけで、絵を描きました。
こちら

48874881_2178843178_150large.jpg48874881_2178843178_150large.jpg


クモガイという貝みたいです。
久しぶりに描いて、満足満足♪

40分ほどでかけました^^
メイキングはこちら。

https://www.youtube.com/watch?v=tTvyWdjwO6w&feature=youtu.be

白いなにもないところから、こうやって出来上がっていくのは、面白いですね!
ようやく、絵を描けて、良かったなあという感じです笑


ポッケは、新しい巣を作ってもらい、喜んでいます。
よかったよかった。



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